2023年06月02日 1774号

【シネマ観客席/ハマのドン/監督 松原文枝 製作 テレビ朝日 2023年 100分/カジノを阻んだ「ハマの民主主義」】

 横浜市へのカジノ誘致を阻止した闘いを描いたドキュメンタリー映画『ハマのドン』(松原文枝監督)が公開されている。本作の主人公・藤木幸夫(ゆきお)は港湾業界を束ねる保守の大物だ。彼はなぜ、時の最高権力者に反旗を翻し、市民の闘いに合流したのか。

博打は許さない

 2021年8月に行われた横浜市長選挙では、カジノ構想反対を掲げた山中竹春候補が初当選を果たした。同年9月、自分の選挙区である横浜への誘致に動いてきた菅義偉(すがよしひで)首相が退任を表明。その7日後、山中市長が「カジノ誘致の撤回」を市議会で宣言する。

 このカジノ阻止の闘いで注目されたのが「ハマのドン」の異名を持つ藤木幸夫である(市長選当時91歳)。横浜の港湾事業者の元締め的存在で、地元政財界に強い影響力を持つ。歴代総理や自民党幹部とのパイプも太い。菅の政界進出を後押ししたのも藤木である。

 その「ハマのドン」が横浜港へのカジノ誘致に反対した。理由は「カジノは人を不幸にする」。「カジノは要するに博打(ばくち)だ。博打でおけらになり、家庭が崩壊し、夫婦別れが起き、親子別れが起こる」。多くの港湾労働者が賭博で悲惨な目にあった時代を知る藤木ならではの判断だった。

 港湾労働者の供養塔に手を合わせ藤木は言う。「わけの分らない、苦労も知らない、人様のために働いたことがない、自分だけがよければいいってやつらが金に飽かせてここに来て、博打うって酒食らって帰られたんじゃ、ここで働いた人に申し訳ない」

 藤木に言わせれば、カジノにとびついた横浜の経済界は「資本主義の末期症状」を呈している「おこぼれ組」だ。ぼろ儲けをたくらむ外国資本にわが街を提供し、そのおこぼれにあずかろうなんて「さもしい」発想だというわけだ。

ボロ儲けのからくり

 藤木の反乱がニュースで報じられると、思わぬ協力者が現れた。米国在住の建築デザイナー、村尾武洋である。カジノの設計を数多く手がけた村尾は、藤木たちにカジノのからくりをレクチャーした。強調したのは、推進派が最大のメリットに掲げる地域への還元はないということだ。

 「僕らが(カジノを)デザインする時、そこから一歩も出ないようにデザインするわけですよ。だから街に還元なんてありえない。あったら僕らの負けですから」。設計者の言葉だけに説得力がある。また、米国でカジノは飽和状態にあると村尾は言う。「日本人が持つ資産や預貯金を狙いたい、ということです」

 映画には出てこないが、大阪のカジノ計画についても発言している。建設予定地の土壌改良費を大阪市が全額負担する件だ。そんな事例は米国にもないという。「考えられないですよね。頭おかしいですよ。その日本の政治家、手玉にとられているってやつですよね」

主役は市民、俺は脇役

 藤木の原点は戦争体験である。同級生や恩師が米軍の空襲で死んだ。戦後の混乱期、街には行き場を失った少年がたむろしていた。藤木は彼ら「不良少年」を集めて野球チームをつくった。野球だけではなく、読書会や討論会、社会奉仕活動に取り組んだ。

 この野球チームの出身者が藤木と市民の仲立ちをする役割を果たした。カジノ誘致の賛否を問う住民投票条例を求める署名活動に取り組んでいた林定雄である。ネットで署名運動を知った林はコロナ禍の中で戸別訪問に奮闘。彼1人で1000人分も集めた。

 そんな林を「一般庶民の岩盤を作ってくれた」と藤木は評価する。市民が足で集めた署名は法定数の3倍を超える19万3千筆。条例制定は市議会で否決されたが、署名運動が広げたカジノ反対のうねりが市長選勝利の原動力になった。

 かねてより「主役は横浜市民。俺は脇役」と語ってきた藤木。その言葉がついに実をむすんだ。市民の手によってカジノ誘致という国策にブレーキをかけたのだ。「庶民の力がこんだけ強いんだという証(あかし)を、この選挙でみんな分かったからね。皆が力を合わせればできちゃうんだ」

   *  *  *

 監督の松原文枝はテレビ朝日の『ニュースステーション』や『報道ステーション』の調査報道を支えてきた人物である。報ステを離れたのは「安倍政権に忖度した局の上層部に飛ばされたため」と言われる。本作が初監督作品となる。

 映画のテーマは民主主義だと彼女は言う。「イデオロギーではなく、生活に根ざした問題意識を共有すること、政策の決定権を市民の手に取り戻す。いまでもそれが不可能ではないんだ、闘っていいんだということを感じ取って貰えたらと思う」。そのとおり。日本の主権者は我々市民だ。政府でも財界でもない。(O)

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