2023年06月23日 1777号

【マイナンバーカード トラブル続出/それでも進める政府の愚/個人情報をゆだねてはいけない】

 マイナンバーカードをめぐるトラブルが噴出している。人びとの不安は高まる一方で、あの読売新聞ですら「健康保険証廃止方針の見直し」を求めるほどである。そうした中でも岸田政権はカードの利用拡大政策を進めようとしている。無反省かつ無責任な政府に、個人情報をゆだねていいわけない。

読売が見直し要求

 コンビニで別人の住民票が交付された。受診履歴や年金記録が他人に閲覧された。別人の銀行口座に紐付けられた―。マイナンバーカードに関するトラブルが相次いで発覚している。とりわけ深刻なのが、健康保険証とカードを一体化したマイナ保険証の問題だ。

 全国保険医団体連合会が医療機関に行った実態調査(6/8時点)によると、マイナ保険証を扱う施設の約65%が何らかのトラブルがあったと回答。保険資格を確認できず、いったん患者に全額負担してもらった事例が4月以降、少なくとも533件あった。別人の情報が紐付けられていたケースも85件確認された。

 患者側に何の過失もないのに「無効」扱いされ、一時的とはいえ全額自己負担を強いられるなんて、国民皆保険制度を揺るがす事態である。「何ですかこれ。信じられません」「紙の保険証を廃止するな」といった悲鳴でSNSがあふれかえるのは当たり前だ。

 そうした中、政府の広報紙的な論調で知られる読売新聞が驚きの社説を6月7日付で掲げた。「保険証の廃止/見直しは今からでも遅くない」として、保険証を廃止しマイナンバーカードに一本化する方針をいったん凍結することを政府に求めたのである。

世論の7割超が不安

 では、どんなことを言っているのか。

 「医療に関する手違いは、国民の健康や生命に重大な影響を及ぼす恐れがある。政府は事態を軽視してはならない」「何ら不都合なく使えている保険証を廃止し、事実上、カードの取得を強制するかのような手法が、政府の目指す『人に優しいデジタル化』なのか」「法律が成立したからといって、制度の見直しは不可能だ、と考えるのは早計だ」「当初の予定通り、選択制に戻すのも一案だろう」

 いちいちもっともな主張である。読売新聞の社説にしては珍しいこともあるものだ。ただし、マイナンバーカードの活用政策自体を「やめろ」と言っているわけではない。JNNの最新世論調査によれば、7割を超える人がマイナンバーの活用に不安を感じている。これが制度の機能不全に発展しないように、今は不安解消を優先すべきだと政府に助言(苦言)を送っているのだろう。

 「読売」が呼び水となって、他紙も「いったん立ち止まれ」式の論説を掲げるようになった。「マイナ保険証『一本化』強行許されぬ」(6/9朝日社説)、「混乱続くマイナカード/拙速排し立ち止まる時だ」(同・毎日社説)等々。

 いずれも妥当な論調だが、マイナンバーカードをめぐるトラブルは以前から報告されていた。改正マイナンバー法の成立(6/2)を見届けてから言い出したのかと疑ってしまう。

保護はゆるゆる

 政府は6月9日、「デジタル社会の実現に向けた重点計画」を閣議決定した。来年秋に健康保険証を廃止する方針は変わらず。それどころか、各種証明書とマイナンバーカードの統合を加速する。運転免許証、医療費助成の受給証、母子健康手帳等々。携帯電話などをオンラインで契約する際の本人確認も原則マイナカードで行うという。

 重点計画の項目をみると、「官民でデータ連携の基盤を整備」「様々な民間ビジネスにおける利用の促進」といった文言がずらりと並ぶ。このように商業利用拡大には熱心な反面、個人情報の保護には関心を払っていない。利活用の妨げになってはならないという意識すら透けて見える。

 「諸外国がデジタル化を進める中、日本が歩みを止めることはできない」。河野太郎デジタル相はこう言うが、個人情報保護に関する法整備や制度設計が日本ほどゆるゆるな国は、人権尊重や民主主義を掲げる国家ではまれである。

 欧州では、自分の情報を他者と共有する範囲を自分で決める「情報自己決定権」が、基本的人権として強く認識されている。厳格なデータ保護法として知られる「一般データ保護規則(GDPR)」は、個人データの消去を求める権利である「忘れられる権利」やプロファイリングに対する規制を導入した。

 GDPRの影響を受けた米国カリフォルニア州の消費者プライバシー法(2018年制定)も、情報の自己決定に関する以下のよう権利を盛り込んだ。▽どのような個人情報が収集されているのかを知る権利▽自らの個人情報が販売・提供されるかどうか、誰に対してかを知る権利▽個人情報の販売を拒否する権利▽自分の個人情報にアクセスする権利▽プライバシーの諸権利を行使した場合でも、平等なサービスや価格を享受する権利

修正ではなく中止

 日本政府が進めるマイナンバー政策は、こうした個人情報保護の国際的流れに反している。個人情報の保護が十分ではない状況下で、制度の欠陥・不具合が判明しても周知せず、利活用の拡大に突き進む―。これが暴挙でなくて何であろう。小手先の修正ではなく、中止すべきだ。

  *  *  *

 欧州諸国が個人情報の保護に厳格な背景には、歴史的な経緯がある。ドイツのナチス政権は、米IBM社が開発したパンチカードシステムを使ってユダヤ人を効率的に選別し、絶滅収容所などに送って殺害した。

 個人データを集約して人を選別することは人間の尊厳を大きく傷つけることになりかねない。そのことに私たちは細心の注意を払わねばならない。  (M)



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