2023年08月18日 1785号

【シネマ観客席/丸木位里・丸木俊 沖縄戦の図 全14部/監督 河邑厚徳/佐喜眞美術館/2023年/88分/殺された人びとの代わりに描く】

 米軍普天間飛行場に隣接する美術館に巨大な絵画が常設展示されている。地上戦の惨劇を描いた『沖縄戦の図』だ。この大作をはじめとした沖縄戦全14シリーズの成立過程を追ったドキュメンタリー映画が各地で公開中だ。作者は丸木位里(いり)、丸木俊(とし)夫妻。2人の画家は沖縄戦の何を後世に伝えようとしたのか。

体験者との共同制作

 水墨画家の丸木位里さん(1901〜95)、油彩画家の丸木俊さん(1912〜2000)は、『原爆の図』をはじめ『南京大虐殺の図』『アウシュビッツの図』など、戦争を題材とした作品を夫婦共同制作で描いてきた。夫妻が晩年に取り組んだのが沖縄戦をテーマにした連作である。

 「沖縄はどう考えても、今度の戦争で一番大変なことが起きておる。沖縄を描くことが一番戦争を描いたことになる」(位里さん)、「戦争というものを簡単に考えてはいけない。一番大事なことが隠されてきた。このことを知り、深く掘り下げて考えていかなければならない」(俊さん)

 2人は1982年から87年にかけて、沖縄県内各地を訪ね歩いた。戦争体験者の証言を聞き、時には絵のモデルになってもらった。そうして描き上げた作品は全14点。作品を収蔵する佐喜眞美術館の佐喜眞道夫館長は「丸木夫妻と沖縄戦を生き延びた人たちの『共同制作』だ」と解説する。

 映画『丸木位里・丸木俊/沖縄戦の図 全14部』は、沖縄戦をテーマにした一連の作品を創作過程を含めて紹介するドキュメンタリーだ。最新技術を駆使して絵の細かいところまで克明に映し出した映像は、観る者を沖縄戦の現場に誘うような臨場感がある。

「友軍」による虐殺

 『久米島の虐殺』2部作(1983年)は丸木夫妻が最初に手がけた作品である。1945年6月から9月にかけて、久米島の住民20人が島に駐留していた日本軍部隊によって殺害された。何の罪もない民間人が「友軍」であるはずの日本軍にスパイ嫌疑をかけられ、次々に殺されたのだ。

 島で暮らしていた朝鮮人の谷川昇さん一家7人も犠牲になった。昇さんは首に縄を巻き付けたまま引きずられ息絶えた。遺体にすがりついて泣く5歳の子どもを日本兵は軍刀で切り刻んで惨殺した。乳飲み子を抱いた妻のウタさんも赤ん坊ごと斬り殺した。

 「処刑」を命じた隊長は戦後、自らの行為を次のように述べている。「スパイ行為に対して厳然たる措置をとらなければ、米軍にやられるより先に、島民にやられてしまう。軍人として当然だった」

 この住民虐殺事件を丸木夫妻は絵に焼き付けた。軍隊は住民を守らない(作戦遂行の妨げになるとみなせば容赦なく殺す)という沖縄戦の本質を最も象徴する出来事だからであろう。

強制集団死を描く

 『久米島の虐殺』を含む8連作を描き上げた丸木夫妻は、その集大成というべき『沖縄戦の図』を1984年に完成させる。縦4m、横8・5mの大作だ。

 絵図の左半分には、自然壕(ガマ)の中での「集団自決(強制集団死)」の様子が描かれている。互いの首を縄で締め上げる母親と息子。息子の首にかけられた縄は緩んでおり、母親のほうはすでにこと切れていることがわかる。

 肉親どうしが殺し合う人びとは誰もが白目で瞳が描かれていない。これは「生きて虜囚の辱を受けず」といった軍隊の論理に取り込まれ、人間性を失ってしまったことを表現しているのだろう。まさに「集団自決とは手を下さない虐殺」(絵の左隅に書かれた作者の言葉)なのだ。

 絵の右側には、すべてを焼き尽くす業火とその中を逃げまどう母親と子どもの姿が描かれている。その下に並ぶ骸骨たち。その中に、位里・俊夫妻は自らの顔を描き入れた。それは「自分たちは沖縄戦で死んでいった民衆の視点に立ち、地上戦の真実を伝えるのだ」という作者の決意表明ではないだろうか。

今こそ観るべき

 1987年、読谷村を題材にした3作(『チビチリガマ』『シムクガマ』『残波大獅子』)の完成をもって、沖縄戦の図シリーズは完結する。最終作の『残波大獅子』は「現在」の沖縄を描いた作品だ。「平和創造の文化村」を掲げ、米軍基地と闘う読谷村の実践をモチーフにしている。

 画面いっぱいに描かれているのは、読谷村の人びとだ。伝統芸能の太鼓を力強く打ち鳴らす青年たち。戦争体験を語り、共同制作に協力してくれたオバアたち。山内徳信村長(当時)を囲む人びと…。村に居座る米軍も描かれているが、村人たちの堂々とした姿と比べて何と卑小なことか。

 人びとの輪の中に、ボロボロの着物を着た少年が描かれている。戦争で未来を奪われた多くの子どもたちの象徴と思われる。彼らの目に「現在」はどう映るのだろうか。聞こえないからといって、死者の声を無視していいのか―。そうした作者の問いかけが聞こえるようだ。

 『沖縄戦の図』全14部は、沖縄戦の事実を伝え続けなければ戦争はまた起きるという危機感を共有した作者と沖縄の人びとによって創られた。そのメッセージは、日本政府が沖縄・琉球弧の軍事要塞化にひた走る今、より強く響く。

 河邑厚徳(かわむらあつのり)監督は「沖縄戦の時を閉じ込めた作品。戦争がなくならない今の時点から、改めて絵を見直してみてほしい」と語る。全作品が一度に展示される機会は美術館でもなかなかない。ぜひ映画館の大スクリーンで観てほしい。  (O)
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