2023年09月01日 1786号

【読書室特集/関東大震災から100年/朝鮮人虐殺はなぜ起きたのか/戦争国家公認のヘイト殺人】

 1923年9月1日、関東地方に巨大地震が発生した。その後「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが広がり、多くの朝鮮人や中国人らが軍隊、警察、住民(自警団)に襲われ殺された。普通の人びとがなぜ虐殺に手を染めたのか。関東大震災から百年という節目の年にあたり、考えてみたい。

政府がデマを拡散

 中学校でいま最も多く使われている歴史教科書(東京書籍版)は、関東大震災時の朝鮮人虐殺を次のように記述している。「混乱の中で、『朝鮮人や社会主義者が井戸に毒を入れた。暴動を起こす』といった流言が広がり。多くの朝鮮人、中国人や社会主義者などが殺されました」

 流言、すなわち根も葉もないうわさ=デマが原因で多くの人が殺されたことはわかる。しかしデマが広がった理由や、誰が殺したのかということには触れていない。これでは「大きな災害時にはデマがつきものだから気をつけましょう」式の一般的な教訓の確認で終わってしまう。

 藤野裕子著『民衆暴力』(1)は、「自然発生的なデマに起因する虐殺」というイメージの誤りを、歴史研究者や市民団体が積み重ねてきた実態調査をもとに解き明かしている。

 デマの発生源を厳密に特定することは史科的に難しい。だが、発生源がどこであったにせよ、震災当初から警察が朝鮮人に関するデマや誤情報を率先して流し、民衆の恐怖を煽ると同時に対抗措置を促していたことは紛れもない事実である。

 政府は9月2日に東京と周辺地域に戒厳令を施行した(後に適用範囲を神奈川県、千葉県、埼玉県に拡大)。3日には「震災を利用し、朝鮮人は各地に放火し、不逞(ふてい)の目的を遂行せんとし」という内容の電文を内務省警保局長名で全国各地に発信している。

 政府が実態のない「朝鮮人暴動」に脅えた背景には、朝鮮半島の植民地支配がある。震災時の治安維持を担っていた政府の責任者(内務大臣の水野錬太郎や警視総監の赤池濃)は、朝鮮総督府の治安担当者として独立運動の弾圧に従事した経験を持っていた。

 しかも、当時は労働運動や社会主義運動など様々な民衆運動が高揚していた(いわゆる米騒動は5年前)。政府は震災の混乱に乗じて朝鮮人や社会主義者が民衆を扇動するのではと勝手に恐れ、先制攻撃的な弾圧に打って出たのである。

 数々の目撃証言が残っているように、戒厳令で出動した軍隊によって多くの朝鮮人や中国人、社会主義者や労働運動の活動家が殺された(2)。藤野は「官憲が流言を広め、軍隊が戒厳令を布き、朝鮮人を殺す。こうした公権力の直接的な関与が多くの日本人に流言を真実だと信じさせる結果となったことは想像に難くない」と指摘する。

事実上の戦闘命令

 地震による被害が少なく、秩序が維持されていたはずの北関東でも朝鮮人虐殺は起きている。その特徴は住民が組織した自警団が虐殺の主体となる事例が多かったことだ。関原正裕著『関東大震災/朝鮮人虐殺の真相』(3)は民衆が中心となった虐殺の背景に迫った労作である。

 著者は現在のさいたま市で発生した虐殺事件に着目。住民が残した日記などを丹念に読み解き、重大な事実を明らかにしている。虐殺の原因となった「朝鮮人襲来」デマの発信源は、東京からの避難民ではなく、埼玉県が発出し行政ルートを通じて地域に伝わった「移牒(いちょう)」であった。

 この行政文書の核心は、地域の在郷軍人会や消防団等を中心とした武装集団の組織化を促すことにあった。さらに「一朝有事の場合には、速やかに適当な方策を講ずる」ことを求めた。つまりこれは、朝鮮人が襲撃してきた際には武器を持って戦うことを迫る“戦闘命令”だったのだ。「ここにこそ日本人民衆を虐殺へと飛躍させた最大の要因があったのではないだろうか」と著者は指摘する。

 また、日本の治安当局や軍によって作られた「不逞鮮人」(反抗的な朝鮮人の意味)観が地域住民に浸透していた影響も大きかった。その役割を果たしたのは当時の主力メディアである新聞であり、朝鮮人の独立運動を弾圧した従軍経験を持つ在郷軍人たちだった。

 著者は「虐殺の論理には帝国日本の植民地支配が色濃く塗り込まれていた」と強調する。戦争国家が引き起こした権力犯罪だったのだ。それから百年の時が流れたが、新たな戦前というべき今の日本の状況を考えると、昔の話で片付けるわけにはいかない。

忘れたらくり返す

 朝鮮人と見なされ殺された日本人も少なくなかった。そうした事件の一つに、四国から薬の行商に来ていた一行が地元民に襲撃され、9人が命を落とした福田村事件がある。加害者は逮捕されたものの何の罪悪感もなく、法廷では「国家にとって善いことした」と胸を張っていたという。

 この福田村事件を題材にした劇映画が9月1日から公開される。監督の森達也はこう語る。「忘れたらまた同じことをくりかえす。過去にあった戦争や虐殺よりも恐ろしいことがひとつだけある。戦争や虐殺を忘却することだ」(4)

 第二次安倍政権が発足したあたりから、右派文化人やネトウヨによって「朝鮮人虐殺などなかった」「朝鮮人暴動は本当にあった」といった言説が拡散されるようになった(5)。そうした「虐殺否定論」の流布に手を貸す政治家も現れている。その筆頭が朝鮮人犠牲者に対する追悼文の送付を今年も拒否した東京都の小池百合子知事だ。

 彼ら戦争勢力は今、「中国・北朝鮮の脅威」を煽ることで戦争国家づくりに合意を取りつけようとしている。だから排外主義や民族差別の煽動が虐殺を引き起こした史実を知られたくないのである。逆に言うと、「次の戦争」を阻止するためにも加害の記憶の継承が必要なのだ。(M)

(1)民衆暴力 一揆・暴動・虐殺の日本近代 藤野 裕子著 中公新書 本体820円+税

(2)普及版 関東大震災 朝鮮人虐殺の記録 東京地区別1100の証言 西崎 雅夫著 現代書館 本体2500円+税

(3)関東大震災 朝鮮人虐殺の真相 地域から読み解く 関原 正裕著 新日本出版社 本体1800円+税

(4)福田村事件 関東大震災・知られざる悲劇 辻野 弥生著 五月書房新社 本体2000円+税

(5)トリック 「朝鮮人虐殺」をなかったことにしたい人たち 加藤 直樹著 ころから 本体1600円+税
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