2023年09月08日 1787号

【読書室/関東大震災と民衆犯罪 立件された114件の記録から/佐藤冬樹著 筑摩選書 1800円(税込1980円)/普通の人びとがなぜ虐殺をしたのか】

 前号の「読書室特集」では、関東大震災時の朝鮮人虐殺が権力犯罪であることを強調した。「朝鮮人が襲ってくる」といったデマを拡散し、住民の武装組織化を促したのは政府・治安当局であり、自警団に虐殺の「手本」を見せたのは軍隊であった。著者も「国家権力の責任は逃れようがない」と指摘する。

 しかし、本書が検証するのは民衆犯罪としての側面である。加害の事実を直視し、「自分は差別者になり得る」と認識しなければ、いつまで経っても朝鮮人虐殺は「私たちの歴史」になりきらない、と言うのだ。

 実際、普段は「おだやかな人たち」が震災の恐怖と不安の中で豹変し、民族抹殺としか言いようがない凶行をくり広げた。老若男女すべての朝鮮人を敵と見なし、官憲の制止を振り切って襲撃に及んだ事例も少なくなかった。

 何が彼らをそうせたのか。著者は二つの事実に着目する。まずは、震災以前から警察活動を「下」から支える住民組織が政府主導で作られていたことである。いわば「民衆の警察化」だ。

 もう一つは、外国人労働者「問題」の発生だ。この時期、朝鮮半島からの移入労働者が急増しており、仕事を奪い合う関係となる日本人労働者との間で抗争事件が頻発していた。蔑視とライバル心がないまぜになった差別感情に起因する憎悪犯罪がすでに起きていたのである。

 こうした史実を踏まえば、朝鮮人や中国人、外国人労働者のヘイトスピーチがまき散らされる今の日本の状況の危うさが理解できるだろう。朝鮮人虐殺は「過去の出来事」ではない。差別は「普通の人」を殺人者にするのである。  (O)
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