2023年09月15日 1788号

【シネマ観客席/あしたの少女 NEXT SOHEE/チョン・ジュリ監督 2022年 韓国 138分/現場実習という名の若者搾取】

 現場実習生として大手通信会社傘下のコールセンターで働き始めた高校3年生が、わずか3か月後に自ら命を絶った―。公開中の韓国映画『あしたの少女』(原題『次のソヒ』)は、実際の事件をもとに、若者を使い捨てにする労働搾取の実態を描いている。

実習中の死はなぜ

 キム・ソヒは韓国の地方都市で暮らす高校生。正義感が強い頑張り屋さんの女性で、趣味のK−POPダンスに熱中していた。高3になった彼女は、担任の教員から大手通信会社の下請けであるコールセンターを紹介され、実習生として働き始める。

 与えられた仕事は契約を解約しようと電話をかけてきた顧客に対応し、それを思いとどまらせること。ノルマ達成のために、顧客の罵声を浴びながら連日の残業を強いられるソヒ。それなのに、実習生であることを理由に賃金は最低水準以下に抑えられていた。

 ある日、彼女を打ちのめす事件が起きる。実習生の指導役だった男性チーム長が自殺したのである。彼は実習生の搾取を告発する遺書を残していたが、会社は一時金の支給をちらつかせ、スタッフ全員に口止めをする。葬儀に参列したのはソヒだけだった。

 職場で孤立したソヒは担任の教員に「辞めたい」と訴えるが、「お前は学校に損害を与えるのか」と取り合ってもらえない。生徒の就職率によって教育庁から支給される補助金の額が決まる仕組みになので、途中で辞められたら困るのだ。絶望したソヒは真冬の貯水池に身を投げた。

 ソヒの死は通常の自殺として処理されようとしていた。だが、捜査を担当した女性刑事オ・ユジンは同じ会社での相次ぐ自殺に疑念を抱き、上司の制止を振り切って捜査を続行する。浮かび上がってきたのは、高校生を安価な労働力として搾取する実習生システムの実態だった―。

孤独な労働環境

 本作は2部構成になっている。前半のソヒパートは2017年に起きた実際の事件を忠実に再現している。後半パートはチョン監督の創作で、若者搾取の問題を追及してきたジャーナリストや人権活動家に触発され、刑事ユジンのキャラクターを構築したという。

 韓国における職業系高校の現場実習生制度は、労働災害や自殺が相次ぐなど、社会問題となっている。その実態は「高校生の職場体験」というイメージとは程遠い。実習生は低賃金かつ無権利状態の労働力として酷使される。企業は大量採用した彼らを使い捨てにすることで利益を上げる構造になっているのだ。

 本作が強調するのは、現代の青年労働者の孤独である。ソヒの職場には同じ立場の実習生が大勢いるが、互いのことはよく知らない。成果主義によって競争を強いられ、分断されている。パーテーションで仕切られ、一人でモニターと向き合う様子が象徴的だ。

 励まし合ったり、悩みを相談する仲間はおらず、そうした関係性が労働運動に発展する可能性は事実上閉ざされている。1970年代の民衆歌謡が「それでもここがふるさと」と歌った、かつての工場労働とは違うのである。そもそも現場実習生は高校生なので、労働者保護に関する知識はなく、権利意識も乏しい。

映画が世論を動かした

 一方、生徒を企業に送り出す学校は労働条件に無頓着だ。ある実話を紹介しよう。レストランで働いていた現場実習生が客の横暴に耐え切れず、実習の中止を学校に求めたときのことである。教員たちは「社会生活とはそういうものだ。我慢できない君が悪い」と責め立てた。あげくのはては「社会不適応者のための復学プログラム」への参加を強要したという。

 劇中でも同様の場面が出てくる。ソヒの死に直面してなお「企業から求人が来なくなる。我々こそ被害者だ」と開き直る教頭に、ユジンは怒りを爆発させる。労働者を食いつぶす新自由主義システムの広がりを許してきた責任を自覚せず、若者たちの現状に無関心な先行世代への批判と受け止めたが、どうだろうか。

 本作が韓国で公開されたのは今年2月。その1か月後、職業系高校の現場実習に際し、「勤労基準法」の準用を拡大する内容の法案が国会本会議を通過した。2年前に起きた現場実習生の死亡事故をきっかけに作られたものの棚ざらし状態になっていた法案がようやく成立したのである。法律の通称は本作の原題にちなみ「次のソヒ防止法」という。映画が世論を動かした証しといえよう。

 若者をターゲットにした労働者搾取は日本でも横行している。「この映画は誰かの話ではなく、みんなの話」とチョン監督。私たちの子や隣人を「次のソヒ」にしないための行動が求められている。   (O)

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