2023年09月22日 1789号

【新・哲学世間話(38)/「10兆円ファンド計画」 東大・京大落選はなぜ】

 一年半ほど前、「10兆円大学ファンド」計画の危険性を指摘したことがある。10の大学がこの計画に応募し、最終審査に残ったのは東大、京大、東北大であった。そして、文部科学省の発表(9/1)では、来年度からの支援対象の候補には東北大だけが選ばれた。

 この種のプログラムの応募で、東大や京大が「落選」することはまずない。今回はなぜ「落ちた」のか。

 審査を担当した「有識者会議」の審査結果はこう書いている。東大には「既存組織の変革に向けたスケール感やスピード感」が足りない。「総長」との関係で、この事業の最高責任者の「責任や権限の明確化」が不十分である。京大についても、同様に「旧来の小講座を単位とした体制から国際標準の研究組織へ移行するため」の「新たな体制の責任と権限の所在」が明確でない。「責任関係や指示命令系統の明確化」に課題を残し、「実効的なガバナンスやマネジメント」の実現がおぼつかない。

 つまり、東大も京大も旧来の学内統治体制を根本的に変えて、トップダウン方式に転換する意欲に欠ける、というわけである。文科省はこの点を、このプログラムの応募要件に初めから組み込んでいた。とくに、この事業遂行責任者の権限を「総長」の権限や旧来のガバナンス体制と切り離すこと、あるいは「その上に」置くことを強く求めていた。

 この点を考えれば、「既存組織の変革」「責任関係や指示命令系統の明確化」等の言葉の意は明白になる。文科省は莫大な資金を特定の大学に集中投下することを「餌」に、「社会の要請」の名のもとで「企業」の意向がより直接に貫徹する大学運営―統治体制を作ろうとしているのである。

 いわゆる「大学の自治」解体問題はさておき、教育―研究でのこうした極端な「選択と集中」は、日本の科学技術研究一般の向上にマイナスに働くであろう。

 今でも「国立大学」の経常予算は削られ続けている。そのことによって、「旧来の小講座」のポストは減らされ、その結果、多くの優秀な若手研究者の「頭脳流出」に歯止めがかかっていない。教育や研究の分野で、民間企業のように「不採算部門」を切り捨て、特定の部門だけに資金を集中させることは、幅広いすそ野を持つ基礎研究を衰退させ、ひいては日本の科学技術研究の基礎力を衰退させることにつながりかねない。

(筆者は元大学教員)
MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS