2023年09月22日 1789号

【読書室/交通崩壊/市川嘉一著/新潮新書/820円(税込902円)/公共交通は社会の財産だ】

 「このままでは、日本の交通が危ない」―著者はこの危機感から出発する。とりわけ緊急課題は地方鉄道の維持で、JR本州2社(東日本、西日本)までがローカル線廃止、バスへの転換を図ろうとする採算重視姿勢を指摘する。採算が前提とされる限り、赤字ローカル線は廃止されて当然となってしまうのだ。

 一方、欧米では「鉄道など公共交通は社会の共有財産」という基本理念がある。もちろん採算を度外視しているわけではなく、場合によっては廃止の例もある。ただし、単体での採算で判断するのではなく、都市・地域としての黒字≠ェ重視される。ここには、公共交通の利便性や快適性を高めて住民の移動を活発にしながら「街のにぎわい」につなげていく考えがある。

 多くの欧米諸国でその手法として、線路などのインフラは公共の保有、運行は民間にゆだねる「上下分離」が実行されている。「上下分離」のない日本ではローカル鉄道が今後なくなる、と著者は警鐘を鳴らす。

 著者は、公共交通に対する財政支出の必要性を強調する。日本の財政支出は驚くほど少ない。北ヨーロッパのエストニアの場合、一般会計の10%が公共交通への補助に充てられる(道路整備は別に10%)。日本で、1%以上を支出する自治体はほとんどない。

 日本には安全な歩道が少なく、交通事故が多発する。歩行者主体の街づくりがされていない。背景に統合的な交通政策の不在がある。

 本書は、こうした現実を明らかにし、解決策も提言する。それはローカル鉄道問題だけでなく、市民の移動を支える交通環境全般への公共の関与≠強めることに他ならない。(I)
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