2023年10月13日 1792号

【シネマ観客席/国葬の日/監督 大島新 2023年 日本 88分/分断にすら至らぬ「無関心」】

 安倍晋三元首相の国葬が行われて丸1年。その日を迎えた人びとの様子を記録したドキュメンタリー映画『国葬の日』(大島新監督)が公開中だ。全国10都市での取材で浮かび上がったのは、政治的無関心が民主主義を形骸化させている現代日本の姿であった。

反対6割だったが

 岸田政権が安倍晋三元首相の「国葬儀」を強行したのは昨年9月27日のことである。統一教会と自民党議員、特に安倍派との癒着が連日メディアを騒がせていたこともあり、各種世論調査における国葬反対の意見は6割を超えていた。

 しかし、大島監督は「どこか半信半疑」だったという。自分は国葬に反対だが、人びとは本当のところどうなのか、リアルな思いを知りたかった。そこで全国複数個所にカメラを派遣し、国葬当日の様子を同時撮影することにした。

 映像を編集し終えての率直な感想は「困惑そのものでした」と語る。「この国はいまだ『分断』にすら至っていないと痛感しました」というのだ。

左派の声が届かない

 困惑その1。それは「そもそも関心すら持っていない人の多さ」である。賛成にせよ反対にせよ、明確な意見を持っている人はごくわずかということだ。

 京都の平安神宮で屋台イベントの後片付けをしていた若い男性は、国葬が行われること自体を知らなかった。賛否を聞くと「僕はあんまり分らないんですけど、“大統領”やってたんやし、ええんちゃうかとかもあるし。よう分らないです。あはは」と笑う。

 昼休み時の北海道・札幌。コールセンターで働く男性は「ま、国の偉い人だからさ、国のために頑張っているから、それくらいはいいんじゃないか」。このように「よく頑張った」を国葬賛成の理由にあげる人は多い。では「何を頑張ったのか」と尋ねると、答えはあやふやなのだ。

 奈良・大和西大寺駅前。安倍元首相が銃撃された場所で手を合わせる女性もそうだった。彼女は「テレビでよく見る安倍総理」に親しみを感じていたという。政策について評価する点を聞くと「そんなことって、あんまり考えたことないんですけど。まぁ、関心があるようでないんで。うーん、どうなんでしょう。そんなに、別に。うーん」。

 困惑その2は、監督自身も含めた「左派・リベラルの声」が無関心層にまったく届いていない、とりわけ若い世代に響かなくなっていることである。

 沖縄県名護市辺野古。国葬当日も米軍新基地建設に抵抗する座り込み行動が取り組まれていた。「安倍国葬糾弾」を訴えるプラカードやシュプレヒコールも目立つ。リーダーの山城博治さんはきっぱり言う。「安倍は沖縄にとっては極悪非道の犯罪者だ」

 安倍政権が沖縄にしてきた仕打ちを考えれば十分納得できる言葉だ。だが、世間一般の反応は「反対している意味が分らない」。長崎市の平和公園でベンチに座っていた男性は「政治的な話は、やっぱ違いとかもあるので、あまり深く話さないようにしています」。

 個人的な感想を言わせてもらえば、国葬の法的根拠について誰も触れないことに心底がっかりした。戦前の国葬令は失効した。特定の政治家の死を国家が特別扱いすることは、「法の下の平等」や「思想及び良心の自由」を定めた日本国憲法に違反する。このことは本紙で何回も訴えてきたつもりなのだが…。

ハリボテの民主主義

 奈良市内を走るタクシーの運転手。コロナ禍で給料は4分の1にまで減り、市から借りた金で何とかしのいでいる。そんな彼も国葬反対の運動には冷ややかだ。理由は「デモやってももう遅いでしょう。国が決めたことなんやから」。

 「国が決めたこと」に反対しても仕方ない―。自分たちは決める側ではないというこの態度は主権者意識とは程遠い。「端的に民主主義の放棄を表している」と大島監督。どうせ自分の意見は活かされないという「あきらめ」が、この国の民主主義をハリボテにしているのではないか。

  *  *  *

 福島県南相馬市。原発事故以来、荒れ果ててしまった土地で暮らす女性は、ひ孫の寝顔を見ながら言う。「物価が上がっていてロシアとウクライナは戦争をしている。そんなときに税金を使って国葬なんてしなくてもいいんじゃないか」

 こうした声が政治的なうねりとなっていれば、岸田政権は倒れていたはずだ。現実はどうか。国葬の強行で味をしめたのか、軍拡と大増税やマイナンバーカードの強要といった重要政策を世論の合意がないまま押し切ろうとしている。

 無関心がはびこるとき公権力は暴走する。映画は現在進行中の危機を静かに映し出している。  (O)

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