2023年10月20日 1793号

【読書室/原爆初動調査 隠された真実/NHKスペシャル取材班著 ハヤカワ新書 980円(税込1078円)/政府が無視した残留放射線の脅威】

 本書は、大きな反響を呼んだNHKスペシャル(2021年8月9日放送)の内容に、放送では割愛せざるを得なかった事実を加え、書籍化したものである。

 1945年9月、米軍は広島と長崎で「原爆初動調査」を実施した。調査に参加した科学者で放射線計測のスペシャリストは、軍の上層部から次のような命令を受けていたという。「君たちの任務は『ヒロシマとナガサキに放射能がない』と証明することだ」。初めから結論ありきの調査だったということだ。

 実際には、きわめて高い値の残留放射線が測定され、人体への影響も懸念されていたが、そうした事実は隠蔽され「人体への危険性は無視できる程度」とする報告書がまとめられた。それが現在に至る米国の公式見解となった。

 原爆が長期にわたって人体を蝕み続ける非人道的兵器であることが知れ渡れば、核兵器開発に支障をきたす。だから残留放射線の影響を全否定したのである。ソ連も「原爆初動調査」を行っていたが、同じ理由で原爆被害をわい小化した。

 実は、米軍は残留放射線の値が高かった地域の継続調査を行い、住民の健康状態を観察していた。地上に降り注いだ放射性物質を採取し、核種まで特定していた。しかし、原因不明の病や死に苦しんできた住民たちに、事実が知らされることはなかった。

 ウクライナ戦争が続く中、ロシアは核による威嚇を強めている。米国もまた「使える核」とも言われる小型核兵器の開発・製造に力を入れている。核兵器の使用を正当化する国家の論理が、科学と人道を無視した虚構の産物であることを本書は伝えている。   (O)
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