2024年02月16日 1809号
【生きゆくすべての命への讃歌を謳いたい/《社会的な人間》としての絵描き 山内若菜の2024年】
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立ちはだかる黒雲を蹴散らそうと疾駆する馬と少女―カバー絵に惹かれて本を手にとった向きも多いにちがいない。三上智恵さん著『戦雲(いくさふむ)』(集英社新書)の装画を担当した山内若菜さん。新しい年にどんな絵筆を振るうのだろうか。
自他ともに認める山内若菜さん昨年最大の画業は、福島・南相馬市小高区にオープンした「おれたちの伝承館」の天井画『命煌(きら)めき』だ。
7メートル×5メートルという巨大さもさることながら、赤・黄・青・緑などをたっぷり散りばめた色彩感の豊かさに圧倒される。福島の牧場に通い始めたころ、殺処分される家畜を“社畜”だった自身と重ね合わせて描いた真っ黒な絵と比べて何と大きな変化だろう。
「赤は戦争が好きな人間、自然を冒す存在、暴力性の象徴。でも、血は一人ひとりどっくんどっくんしている。情熱の赤でもある。黄金の大地の黄色。菜の花の商品を売ったり黄金色に焼けて働いたりっていう社会のたくましさがある。海は津波もあって怖いけど、すばらしい美しい自然の象徴である青、群青(ぐんじょう)。この三原色、人間と社会と自然の三位一体、絶望だけじゃなく希望も溢れる強い構造がないと、小高の心臓部分になり得ないと思った」
ただ、これは構想にすぎない。最後の1週間、他の予定をすべてキャンセルして小高に滞在し、ライブペインティングに打ち込んだ。小高の自然に感じて緑が入り、色が深みを増し、命が細部に宿り、動物たちが踊りだした。
6月27日、完成した『命煌めき』は開設準備に携わるすべての人びとの手で天井への吊り上げに成功する。若菜さんは「今まで生きていて一番感動した瞬間」とその日のフェイスブックに綴っている。
何に感動したのか。「絵描きも社会的な人間であり、社会に生かされ、社会の中で生きている。テーマとして切っても切り離せない。そして人とのつながりも。たくさんの人に支えられた。一人で描いたんじゃない、みんなで描き上げてみんなで吊り上げた。私は一人じゃない。この絵はみんなの絵になったんだ」
戦争と核の時代におけるアートの役割は何だろう。人間同士が殺し、殺される。傷つき、痛めつけられ、もがく人びと。しかし、それをそのままリアルに描いていいのだろうか。「こんなに苦しんでいる。これを見てくれ」と被害者は言うだろうか。尊厳を奪われた姿をさらけ出したいと思うだろうか。
若菜さんは「メタファー=隠喩」の大切さを強調する。ヒロシマで、ナガサキで、フクシマで、犠牲になったのは人間ばかりではない。動物たちも人間の都合で殺されてゆく。それでいいのか。「私は希望を動物に語らせたい。傷だらけだからこそ光を見たい。被ばくした牛の反吐(へど)も光を放ち、声を放つ。水俣病で踊り死にしたネコにも、昇華されたような楽しい瞬間があったんじゃないか」
今の絶望を描くのではなく、未来への希望を提示する。闇があるからこそ、光を見つけようとする。「絵って予感、動物たち1匹1匹が、輝く世界への予感です。希望に燃えると、絵が楽しくなる。美しい動物たちが神々(こうごう)しくさえ見える」。そんな現場にこれからも足を運ぶ。
先進国は途上国に犠牲を押しつけていないか、と“気候植民地主義”を問い直す若い世代。「彼らは地球を想いながら、気候正義、自分は誰かを傷つけてないだろうかといつも考えている。絵もまさにそう。声なき声、一番小さい声はどこにあるのかを見つけ出さないといけない」
三上監督のドキュメンタリー映画『戦雲』で、若菜さんは動画部分の制作にあたった。平和学習に生かせる本の出版も決まっている。第五福竜丸と水爆をテーマにした新作にも挑む。
あまりメッセージをはらむと、見ていて疲れるという人もいる。「多様で、やさしくて、勇気づけられ、うわーっていう発見があって、ずっと見ていたい。またその前に立ちたくなる。そして自分のまなざしを見つめ直す。そう思ってもらえる絵を描いていきたい」
山内若菜さんの創作活動から今年も目を離せない。
「命煌(きら)めき」―この世に生まれてきてくれてありがとう―
死んだ動物が画面全体に踊る
自分の馬を甦(よみがえ)らせたい赤い娘
原発事故の犠牲者としての牛や馬たち
社畜だった私 死者そのもの
変えてゆかなければならない
天女は笛を吹く
群青(ぐんじょう)の海に黄金の大地 菜の花畑
三位一体 自然大地への愛
馬よ生き返ってくれ
地下に眠るものが立ち上がる
変えようとしている人が集まる
鯉のぼりのように
厳しい風に負けずに語りのぼり合ってゆこう
みんな赤い馬の娘になれよ
おれたちの伝承館で赤い騎手になろう
ありがとうの三本の薔薇
死んで生き返った馬の声がきこえる
白い反吐(へど)は叫び 空高く力強く宇宙へ
祝福
この世に生まれてきてくれてありがとう
![](1809_06P1.jpg)
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山内若菜展「人間―自然―社会」三位一体
2月29日(木)まで(月・金休み)13〜16時 ギャラリー・エスポアール(神奈川県藤沢市、湘南モノレール「片瀬山」下車)
命を描く 山内若菜 広島展―過去と現在、そして未来へ―
3月20日(水・祝)〜25日(月)10〜17時(最終日15時まで) 旧日本銀行広島支店(広島市中区)
豊かな自然と町の温もり、民主主義の学校〜山内若菜が描く角田・巻
4月11日(木)〜23日(火)9時30分〜18時30分(水 休み) にいだやギャラリー野衣(新潟市西蒲区)
傷からみえる光〜神々の草原 山内若菜展
4月13日(土) - 14日(日)11〜16時 角田山妙光寺(新潟市西蒲区)
山内若菜 予感展 - 神々の草原・讃歌樹木 -
5月18日(土)〜26日(日)11〜17時(最終日16時まで) サルビアホール(横浜市鶴見区)
*詳しくは http://wakanaeblog.seesaa.net/ |
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