2024年03月01日 1811号

【哲学世間話(40) NISA拡大と/働かざる者食うべからず】

 テレビの定時ニュースで、株価の動向が1日に何回も報じられるようになったのは、一体いつ頃からだろうか。かつてはそんなことはなかったはずだ。株価の動向などたいていの庶民には関係ないことだったからだ。

 ところが、最近はそうとも言えないことが起きているようである。NISAと呼ばれている「少額投資非課税制度」の利用者が急速に拡大しているのだそうだ。通常、株式等への運用益には20%ほどの税金がかかる。だがNISAでは、「一般NISA」枠も、「つみたてNISA」枠も、年間一定限度内の金融商品への投資から得られる利益には税金がかからない。

 金融庁の最新データでは2023年12月末で、2136万人余りの人がこの制度を利用している。実に18歳以上の人口の5人に1人に当たる。若い世代に人気なのが「つみたてNISA」のほうである。その直近の口座数(約974万口座)は、この1年で34%も増加し、うち20歳代と30歳代の利用者が47%も占める。

 この傾向は、24年1月から「新NISA」が導入されることで、さらに加速するのは確実だと言われている。この新制度では、年間投資額の上限が360万円に、「非課税保有限度額」が1800万円にまで拡大される。口座の開設期間や保有期間は、旧制度と違って無期限になる。

 この制度は、改めて言うまでもなく、政府、資本が長年追求してきた政策、個人の貯蓄を資本(株)への投資に振り向けさせるための政策の最新版である。

 利用者の著しい拡大の背景には、庶民の生活の現実がある。長期にわたるゼロ金利と物価高の下で、実質賃金はずっと低下し続け、預貯金は目減りする一方だ。生活の先行き不安が増すばかりで、安心できる将来生活への展望が見いだせない。庶民は少しでも多く将来の生活資金を確保したいと思い、NISAに期待する。

 しかし、こうした動向の全面化には看過できない側面が含まれている。働かざる者は食うべからず≠ニいう昔の言葉は、働かざる「金利生活者」への批判と蔑視を含んでいた。だがNISAの拡大は、若い世代に「働いてお金を稼ぐより、投資益を増やすほうが手っ取り早い」という安易な風潮をじんわりと広げていきはしないか。金融資本主義の波に、庶民がますます深く、広く包摂されていくことになりはしないか。

(筆者は元大学教員)
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