2024年03月29日 1815号

【シネマ観客席/戦雲 いくさふむ/監督 三上智恵 2024年 日本 132分/命の営みを断ち切らせるな】

 三上智恵監督の最新作『戦雲(いくさふむ)』の全国上映が始まった。沖縄・琉球弧の島々で進行する軍事要塞化と、その地で暮らす人びとの営みを記録したドキュメンタリー映画だ。「国防」なる空虚な観念によって命を軽んじることがあってはならない―。映画は観る者にそう訴えている。

軍事要塞化する沖縄

 九州の南から台湾へ弓状に連なる数多くの島々のことを琉球弧という(南西諸島は行政名称)。その琉球弧で今、急速な軍事要塞化が進行している。自衛隊のミサイル部隊が配備され、集落のすぐ近くに巨大な弾薬庫が作られた。

 背景には「台湾有事」を想定した日米共同作戦計画の策定がある。米海兵隊と自衛隊が琉球弧の島々に臨時の攻撃用軍事拠点を設け、中国軍の艦艇や航空機をミサイルで攻撃するという作戦構想だ。要するに、中国封じ込め作戦である。

 最新の防衛白書は「沖縄の地政学的位置」を強調し、こう述べている。いわく、沖縄は「わが国の戦略的要衝」であり「南西諸島地域における防衛力を維持する必要性は極めて高い」。こうした人間不在の発想に、三上監督は本作でノーを突きつけている。

 「市ヶ谷や永田町の人々にとって与那国(よなくに)島や石垣島などは、地図上の点に過ぎないかもしれない。国防上の要衝であり不沈空母として利用しない手はないというその痩せた発想が、どれだけ傲慢で残酷で的外れであるかを知り、心底悔い改めるような映画になれ、と祈る。国を守るための『やむをえない多少の犠牲』になっていい地域など、どこにもない」

 今や普通の市民にまで政府や軍隊の論理が浸透し、沖縄に軍事基地が集中するのは「仕方がない」と思い込まされている。そうした思考停止状況からの覚醒を促すために、今回の映画『戦雲』は作られた。

 「試写を見た人の感想で一番多いのは『今までの三上作品と違う』『闘いや抗議のシーンが少ない』というものだ」と三上監督は言う。実際、本作は島の自然や人びとの生活・文化を丁寧に描いている。この豊饒な空間を軍事上の要衝としか認識しない愚かさを誰もが感じるはずだ。

日本最西端の島で

 台湾に最も近い与那国島。豊かな漁場を抱え、「本土復帰」で途絶えるまでは台湾との密貿易で栄えた。「川田のおじい」こと川田一正さんは80歳を過ぎた今も現役の漁師で、自分の背丈よりも大きいカジキと日々格闘している。

 この島に陸上自衛隊の駐屯地ができたのは2016年のことだった。沿岸警備隊だけのはずだったのに、2022年には戦車が運び込まれた。戦車が一般道を走る姿に基地反対運動を続けてきた住民は涙した。

 さらに、地対空ミサイル部隊を配備する計画が地元には何の相談もなく発表された。これには自衛隊基地に賛成していた人びとも「あり得ない」と反発したが、町長は議会に諮ることをせず、「町長権限」で受け入れを表明した。

 川田のおじいの心は揺れる。「革新に票を入れたことは一度もない」というおじいは、地域奉仕活動に熱心な自衛隊員に好印象を持っている。だが、与那国の海に海上保安庁の船が集まり、中国の無人機が上空を飛び交う状況を知るにつれ、自衛隊の基地が作られなければ島は平和なままだったのではないか、と考えるようになっていた。

命を軽んじる国

 そんな川田のおじいが楽しみにしている祭りの日が今年もやってきた。集落を3つのチームに分け、伝統漁船で競漕する久部良(くぶら)ハーリーだ。10人の漕ぎ手が力を合わせ、濃紺の海に小舟を走らせる。岸から応援する人びとは神に勝利を祈り、声を張り上げ、踊る。

 子どもたちの一人にマイクを向けると「(与那国島が)だーい好き! 友達がたくさんいるし」と目を輝かせる。この子は「本土」からやってきた自衛隊員の息子だった。実際、「だーい好き」にはならずにはいられない魅力がこの島にはある。自然も人びとも実に美しいのだ。

 漕ぎ手としてハーリーに参加した自衛隊員は祭りの一体感に感動して涙ぐむ。その心情に偽りはないだろう。しかし、非情な軍事の論理は小さな共同体の営みなど一顧だにしない。与那国島は「島外避難区域」に指定された。有事になれば生活を捨て、島を去ることが求められるのだ。

 畜産業を営む小嶺博水さんは、非現実的な全島避難計画にあきれ、憤る。大体、飼育している牛を捨てて逃げることは畜産農家としての死を意味する。「自分たちは守られていない。命を一番粗末に扱われている国民なんじゃないか」

あたりまえの感覚を

 宮古島では陸上自衛隊の弾薬庫の前で、楚南有香子さんが抗議の声を上げていた。この弾薬庫は住民をだまして設置されたもので、住宅地から200メートルほどしか離れていない。自分たちは捨て石なのか―。楚南さんは訴える。「多少の犠牲は仕方がないさというときの、多少の中に私たちが入っているよね?」

 石垣島の山里節子さんは、八重山地方の民謡「とぅばらーま」の名手。映画タイトルの「戦雲」は彼女の即興歌からきている。民間の港に米軍艦船が入港するなど軍事化が進む一方の石垣島で、彼女は「戦争反対」の声を上げ続けている。「祈るだけでは平和は来ないけれど、祈りなしには平和はつかめないのよ」

 「何人たりとも、この島に溢れかえる命の営みを断ち切るような命令を決定を下す権利はないはずだ」と三上監督は言う。どこだって同じだろう。「国防」のために人間の生活を踏みにじるなんて本末転倒ではないか。そうした「あたりまえの感覚」を本作は思い起こさせてくれる。 (O)



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