2024年04月05日 1816号

【朝鮮人「軍夫」に思いを馳せる 沖縄「恨(ハン)之碑」/土地購入資金1300万円へのご協力を!/NPO法人沖縄恨之碑の会理事・前事務局長 西岡信之】

連れて来られた「軍夫」

 79年前(1945年)の沖縄戦では、旧日本軍が沖縄現地で15歳から60歳までの男子を防衛隊や学徒隊として徴用したため労働者不足になりました。本土決戦に向け、現在と同様に沖縄全域に基地を突貫建設する人手の不足を解消するため朝鮮半島から若者たち約1万人をだまして連れてきました。開戦前は飛行場建設や塹壕(ざんごう)掘り、米軍との熾烈な地上戦が始まると武器も持たずに前線に立たされ、食料もまともに与えられないまま弾薬運搬などに従事させられ、多くが戦争の犠牲になりました。彼らは「軍夫」と呼ばれました。

97全交に元「軍夫」参加

 かろうじて生き延びた元「軍夫」の人たちは、収容所から朝鮮半島の故郷に帰りました。彼らは日本軍と共に行動をしていたため朝鮮では差別をうけ、軍事独裁政権下の韓国においては、沖縄戦で体験した地獄を語ることはありませんでした。

 戦後50年、韓国民主化闘争の結果、アジア太平洋戦争で受けた日本軍からの性暴力や被害を語る女性たちと同じように元「軍夫」も声を上げ始めました。97年7月に沖縄で開催された全交(働く青年の全国交歓会、現在のZENKO〈平和と民主主義をめざす全国交歓会〉)に「平和と生活をむすぶ会」が元「軍夫」の人たちを招請しました。

同胞の犠牲者悼む恨之碑

 元「軍夫」の人たちは、同胞が亡くなった戦地を訪れましたが、遺骨収集はかないませんでした。その代わり元「軍夫」を追悼する施設としての「恨(ハン)之碑」を韓国と沖縄に対として建立することを切望されました。これに応えて全国から多額の寄付が集まり、99年8月に韓国慶尚北道英陽(キョンサンブクドヨンヤン)、2006年5月に沖縄県読谷村瀬名波(よみたんそんせなは)に恨之碑は建立されました。

 韓国の除幕式には結成したばかりの「月桃の花」歌舞団メンバーも多数参加しエイサーを披露しました。

平和の架け橋として

 沖縄の恨之碑は、彫刻家の金城実さんが製作。「軍夫」の青年、救おうとする母親(オモニ)、怯(おび)えた表情の日本兵の三者が一体となって沖縄戦の衝撃的な構図を表しています。350坪の広大な土地は、読谷村在住の方のご厚意で18年間無償で提供していただいていました。

 しかし、このままお借りし続けるわけにはいかないと判断し、土地を購入する運びとなりました。

 瀬名波の高台に建つ恨之碑からは伊江島などを一望できます。維持管理も地域のご協力を得て清楚な広場に変わり、県内外から多くの修学旅行生や大学生、若者たちが訪れ、国外からの来訪者もいます。

 「群馬の森」朝鮮人追悼碑が代執行で撤去されるなど残念な動きがある中で、恨之碑を今後も市民の手によって維持し、朝鮮半島との平和の架け橋としての役割を果たしていくことが求められています。土地購入費用として1300万円を目標に募金を呼びかけることを決断しました。ご無理のない範囲でぜひご協力をよろしくお願いいたします。

故安里代表の遺志を継ぐ

 「恨之碑の会」共同代表の安里英子さんが、3月18日、急逝されました。ようやく積年の土地問題解決の糸口が見えたところで帰らぬ人となり、残念でなりません。故人の志を受け、無事に土地問題を解決できるようにすることが残された私たちに託されています。

      (3月23日)

土地購入資金への寄付の振込先/二通りの方法があります

◆ゆうちょ銀行 郵便振替口座 01710-9-53512  名義 沖縄恨(ハン)之碑の会

◆ゆうちょ銀行 口座番号 記号 17050 番号 21646461 名義 トクヒ)オキナワハンノヒノカイ

◆他金融機関からの場合 店名七〇八 店番708 普通 口座番号2164646)





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