2024年06月07日 1824号
【哲学世間話/反ユダヤ主義啓発法案とは何か】
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4月17日にコロンビア大学から始まった学生の抗議行動は、全米に広がった。学生たちはキャンパス内にテントを張り、イスラエルによるガザ大量虐殺に抗議、イスラエルの軍需産業を投資先にした大学の資金運用を止めるよう求めている。多くの大学に機動隊が導入され、すでに3千人以上の逮捕者が出ている。
このような学生の抗議行動を脅し抑え込むために、米連邦議会下院は5月2日、「反ユダヤ主義啓発法」なる法案を可決した。賛成票320のうちには133人の民主党票が含まれている。反対票91の内訳は民主党票70、共和党票21である。
法案はイスラエルの大量虐殺行為へのまったく正当な批判活動に、「反ユダヤ主義(Antisemitism)」のレッテルを張り、当然のイスラエル批判を「人種差別」問題にすり替えている。
法案提出を主導した共和党議員はこう語る。「パレスチナ全面解放」のスローガンは「ユダヤ人とイスラエル国家の撲滅を求めていることになる」から「反ユダヤ主義」の一例なのだ。「ガザ攻撃」を「ジェノサイド」と呼ぶのも同じだ。
「反ユダヤ主義」という言葉にはある歴史的重みがある。欧州各国は中世以降何世紀にもわたりユダヤ人を差別、虐待し続けてきた歴史を背負っている。どの都市でもユダヤ人は「ゲットー」と呼ばれた狭い「強制居住区」に押し込められ、その生活は悲惨であった。移動や職業選択の自由さえ与えられてこなかった。こうしたユダヤ人差別の行き着いた先がナチスによる「ホロコースト」であった。
こうした歴史を勘案すれば、ユダヤ人に対する差別に敏感になるのは当然のことである。しかし、現在のイスラエルによるガザでの反人道的行為、虐殺行為を批判、非難することが「反ユダヤ主義」的差別だというのは、誰にも通用しない屁理屈である。「反ユダヤ主義」原則の拡大解釈というより、その政治主義的濫用(らんよう)に対し、全米自由人権協会をはじめ多くの団体が批判の声明を発表。在米ユダヤ人からも非難の声が上がっている。
法案は、教育省に大学にこの「反ユダヤ主義」原則を適用して、学生を取り締まることを求める。従わない大学には連邦補助金の支出を停止すると脅している。学生運動の鎮圧だけでなく、米国社会全体の言論、思想を統制下におこうとしているのである。
(筆者は元大学教員) |
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