2024年06月14日 1825号

【住まいの権利裁判口頭弁論 亡き息子(避難者原告)の怒り伝え 福島県の人権無視対応を批判】

 福島県は原発事故避難者の住まいの権利を奪うなと提訴した裁判の第9回口頭弁論が5月27日東京地裁で開かれ、47歳で亡くなった原告の承継人、いわき市在住の母親が陳述し、人権無視の県の対応を批判した。

 ―長男は東京の大学院を卒業後大手IT企業に就職したが、過労でうつ病に。父の介護もあっていわきに戻り、数年後に原発事故にあい、東京に避難した。令和3(2021)年暮れ、福島県から突然電話があり「(息子さんは)正月に帰って来るか。お母さんから宿舎を出るよう促してくれ」と言われた。息子は悪いことでもしたのだろうか、出るお金がないなら工面するしかないのか、不安がつのった。その後、突然県職員を名乗る2人の男性が家に来て「早く退去して(住宅提供打ち切り後の)家賃相当分を払うよう言ってくれ」。この時、職員から「こんなうちがあるんだから、帰ってくればいいのに」と言われカチンときた。あなたたちには関係ない話でしょと悔しい思いをした。

 一昨年7月27日、息子はコロナワクチン接種直後に急逝。ショックだった。県からは「いつ荷物の整理をして退去するのか」といった問い合わせしかなく、無神経で冷たい県の対応に精神的に参った。相続も決めていないのに、手紙や電話で何度も問い合わせがあり、高血圧と狭心症の持病を持っている私は動悸が止まらず、夜も眠れず、病院に行って睡眠剤をもらう状態だった。もう県の人とは話をしたくないと思った。

 息子は支援者に「家には学費で1千万円以上負担させたので大企業で働いて少しでも報いたいと思っていたが、病気になってかなわなかった。負い目もあって、これ以上母親には心配かけまいと生活してきたのに、実家まで訪問され、親子関係にまで踏み込まれた。許さない」と怒っていたとのことだ。ひとりぼっちで亡くなったんじゃないかと思い、とても辛かったが、支えてくれた仲間、弁護士さんがたくさんいて一人ではなかったことを知り、救われた気持ちに。私は経過を聞いて、初めて息子の怒りがよくわかった。避難者の置かれた事情、県のとった対応について事実をしっかり審理してください―

 陳述が終わると拍手がわき起こった。

 裁判所に入ったのは初めてという母親は「発言なんて思ってもみなかったが、時間がたって思い出すと県のやり方はおかしいと思うようになり、黙ったまま死んだらだめだと話すことにした。裁判所に来てみて息子は皆さんによく支えられていたんだなと感じた。今日はゆっくり眠れそう」と語った。この日は原告11人中6人が参加。「私の家にも県職員が来て母親に話したことを思い出しすごく怒りがわいた」「県の狙いは、一人一人を孤立させ分断すること。しかし皆さんの支援があるからこそ、ここに踏みとどまっていられる」

 次回は7月22日、次々回は10月21日、いずれも午後2時から3時まで。

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