2024年07月26日 1831号
【ネットでバズって166万票/石丸現象をどうみるか/右派ポピュリズムの新形態】
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現職の小池百合子知事が3選を果たした東京都知事選挙。大方の予想に反して2位に躍り出たのは、石丸伸二・前広島県安芸高田市長だった。世間一般の知名度は低く、政党などの組織的支援もない彼がなぜ、若者や無党派層の支持を集めることができたのか。
無党派、若者の支持
7月7日に行われた都知事選では現職の小池百合子知事が約292万票を獲得し3回目の当選を決めた。2位は約166万票を得た石丸伸二・前安芸高田市長。立憲、共産、社民党が支援した蓮舫元参議院議員は約128万票で3位だった。
選挙戦を大きく動かしたのが、投票に行った人の4〜5割を占めたとみられる「無党派層」の動向だ。無党派層の争奪戦を制したことが石丸候補の躍進につながった。報道各社の出口調査でみてみよう。
読売新聞の調査によると、無党派層の投票先では石丸候補が36%で最も多かった。小池候補は無党派層の31%を獲得したが、2020年の前回選より21ポイントも減らした。蓮舫候補は17%にとどまった。小池離反票の獲得を狙ったが、果たせなかったということだ。
岸田政権批判票の行方はどうか。NHKの出口調査では「岸田内閣を支持しない」と答えた人が75%に上った。このうち30%強が小池候補に、20%台後半が石丸候補に投票したと答えた。蓮舫候補への投票は20%台半ばだった。また、小池都政批判の受け皿という点でも4割強を獲得した石丸候補が約3割の蓮舫候補を上回っている。
年代別で見ると、石丸候補は10・20代で42%、30代で37%の支持を集め、全候補者の中で1位だった(フジテレビ出口調査)。蓮舫候補は「若者の徹底支援」を公約に掲げたが、その世代の支持が特に振るわなかった(10%台前半)。
巧みなネット戦略
一躍「時の人」となった石丸伸二とは何者か。1982年、広島県安芸高田市の生まれ。三菱UFJ銀行の米国駐在員を経て、2020年8月、故郷の地の市長選に立候補。前副市長を破り、当選を果たした。
政策と政治手法は橋下徹(元大阪府知事)の二番煎じといってよい。コストカット最優先の新自由主義者であり、「既得権益を許さない改革者」を気取るところも橋下流だ。その橋下は「維新を結党した際、自分が目指した政治スタイルを体現している」と石丸をベタほめしている。
2人の違いはメディアの利用方法にある。タレント経験がある橋下の主戦場はテレビだった。石丸の場合はインターネット、具体的には動画投稿サイト「ユーチューブ」をフル活用した。若き市長が「老害議員」や「御用メディア」を徹底的に論破しているかのように編集された動画が次々にアップされ、驚異的な再生回数を記録したのである。
こうした「切り抜き動画」の作成者は純粋な石丸ファンだけではない。ユーチューブには動画の再生回数に応じて投稿者に広告収入が入る仕組みがある。だから多くユーチューバーが参入し、内容はどんどん煽情的になった。その方が再生回数を稼げるからだ。
都知事選でも石丸陣営はネットでバズる戦略を徹底した。街頭演説の動画を拡散させる指揮を執ったのは、ウェブ会社の経営者らでつくる「ネット選対」だ(7/8朝日)。石丸の演説は15分ほどで、政策を詳しく語ることはなかった。これも切り取り易さを意識しての振る舞いだろう。
現状打破の期待感
石丸支持者の反応をみてみよう。都内のIT企業に勤める20代女性はSNSに流れてきた動画で石丸の存在を知った。「歯に衣着せぬ物言いがクセになって、気付いたら議会の様子をユーチューブでチェックするようになりました」
一番の魅力は親近感だという。「ネットでよく見ていたので、自分たちと遠く離れた存在である“政治家”というよりは、インフルエンサーに近いような感覚です。私たちと価値観の似ている人が都政を変えてくれると思うと応援したくなりますよ」
江東区の会社員(28歳・男性)もユーチューブがきっかけで「こんなにはっきり物事を言う政治家がいるんだ」とひかれた。都知事選への立候補を知り「今回は東京を良くするために絶対に投票しないといけない」と感じたという。現職や他候補の主張は「あまり知らない」のだそうだ。
小平市の女性(61)は石丸動画を見て「政治が一気に身近に感じた」と話す。都政に大きな不満があるわけではないが、強い閉塞感は感じており、将来世代への道筋をつけるために初体験となる選挙ボランティアへの登録を決めた。
日々の生活や将来に不安を感じている者、既成政党や政治家(石丸の言う「政治屋」)に辟易している者、そして社会から見捨てられたと感じている者たち。そうした人びとが現状打破の期待を石丸の「若い力」に託した―。都知事選における石丸現象はこのように説明できる。
支配層の思惑は
世界的視野でみると、石丸は欧米で台頭している右派ポピュリズムの系譜に連なる政治家だ。グローバル資本主義が行き詰まりを見せる中、支配層は旧来型の政治手法に替わる統合の方法を模索している。彼らが石丸現象を「使える」と判断していることは疑いない。たとえば、憲法「改正」の国民投票を念頭に置いたシミュレーションをしているのではないか。
石丸個人の人気がいつまでも続くことはないであろう(テレビ出演時の態度でパワハラ気質が露見し、批判を浴びた)。だが、既存の政治に閉塞感を抱く人びと(特に若者たち)に社会変革の確かな展望を示さない限り、第2第3の石丸が必ず現れる。 (M)
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