2024年10月11日 1841号

【読書室/なぜガザなのか パレスチナの分断、孤立化、反開発 サラ・ロイ著 岡真理、小田切 拓、早尾貴紀 編訳 青土社 2800円(税込3080円)/反開発から生存不可能状態へ/占領の終結だけが平和への道】

 イスラエルがパレスチナ自治区ガザに軍事侵攻を始めてから1年になる。これほど大規模な破壊と殺戮を同国が続ける理由は何なのか。ガザ地区研究の第一人者であるサラ・ロイ(米ハーバード大学中東研究所上席研究員)の著作から考える。なぜガザなのか。

ハマスが端緒は嘘

 ニューヨーク中心部のマンハッタンで9月26日、大規模なガザ反戦デモが行われた。国連総会出席のために現地入りしたイスラエルのネタニヤフ首相に対する抗議行動である。千人以上の市民が国連本部前まで行進し、「ガザとレバノンへの空爆をやめろ」「パレスチナ解放」と訴えた。

 翌27日、ネタニヤフ首相が一般討論演説を行い、ガザ侵攻を正当化した。いわく「われわれは野蛮な殺人者たちから自らを守らなければならない」。同国のダノン国連大使も、イスラム組織ハマスがイスラエルを襲撃しなければ起きなかったと主張した。

 もちろん事実は違う。2008年以降ガザ地区は絶えずイスラエル軍の包囲攻撃にさらされてきた。事態は昨年10月に急変したのではなく、イスラエルによって「生存不可能な環境」に作り変えられる過程にあったのである。

 パレスチナ占領の経済学的分析で知られるサラ・ロイは、イスラエルの対ガザ政策の核心を次のように述べている。「ガザ地区こそが、パレスチナ人のナショナリズムとイスラエルの占領に対する抵抗のまさに心臓部であり続け、それは今も変わらない。パレスチナ人を分割・分離し、ガザ地区を西岸地区から切り離した上でガザ地区を完全に孤立化させることで、パレスチナ国家の創設を妨げる。それがイスラエルが一貫して行ってきたパレスチナに対する主要な戦略である」

 イスラエルの狙いは、ガザ地区の無力化を通じてパレスチナ独立の可能性を消し去ることにあるということだ。今回の大規模侵攻もその一環であって、ハマスの襲撃はきっかけのひとつにすぎない。

依存させて切り捨て

 ロイによるパレスチナ占領分析のキーワードは「反開発」である。反開発とは「通常の経済が合理的に機能するのを体系的に破壊すること」であり、歪んだ形であれ一定の経済発展を許容している「低開発」とは質的に異なる。

 1967年に軍事占領して以来、イスラエルはガザ地区に対して反開発政策を行ってきたが、その形態は時代とともに変化してきた。最初の20年は占領地のパレスチナ人をイスラエルの安価な出稼ぎ労働者として建設労働やサービス業に従事させることで、独自の産業の発展を阻んできた。

 しかし、ガザ地区発祥の抵抗運動(第一次インティファーダ)の広がりに手を焼くようになると、パレスチナ人を労働市場から完全に排除する方向にシフトチェンジする。イスラエル国内における雇用が失われたことにより、パレスチナ経済は一気に弱体化した。

 ロイの慧眼は、1993年のオスロ合意からわずか1年という時点で、同合意による和平プロセスが占領支配の強化に利用されていることを見抜いた点にある。オスロ体制が占領地にもたらしたものは封鎖政策だった、とロイは言う。

 封鎖政策は、労働者や商品の移動を検問所で制限する「一般的封鎖」、一切の人・物の出入りを禁止する「全面的封鎖」、占領地内の町や村単位で封鎖し移動を禁止する「内的封鎖」に区分される。これによって西岸地区とガザ地区の分断が加速し、ともに貧困化が進んでいった。

 特にガザ地区の経済は事実上息の根を止められた。封鎖と妨害によって原材料の輸入と製品の輸出ができなくなったため、民間の企業活動は瓦解。その雇用創出能力も失われた。持続可能な経済構造など出現しえない、それゆえ持続可能な政治構造もまた出現しえない状況が作り出されていったのである。

「対テロ」にすり替え

 イスラエルの反開発政策は2005年に転機を迎える。いわゆるガザ地区からの一方的撤退(イスラエル軍基地とユダヤ人入植地の撤去)である。これは占領コストの負担削減を迫られての政策判断と理解されることが多いが、実態は外側からガザ地区を完全に封鎖するという占領方式への切り替えであった。

 この一方的撤退は「占領はもう終わった」という宣伝に使われた。それは「占領をやめたのにガザ地区からイスラエルに対して攻撃があったなら、それはテロでありパレスチナ側の責任である」という罠になっていた。抵抗闘争にテロのレッテルを貼り、苛烈な軍事攻撃を加える口実をイスラエルは手に入れたのだ。

 イスラム組織ハマスによるガザ地区掌握(2007年)を経て、イスラエルはガザ地区への包囲攻撃に着手する。住居、学校、医療施設、そして発電所などのインフラ施設を徹底的に破壊した。ロイはこれを「反開発の完了、生存不可能な状況の創出」と規定する。昨年10月以降の軍事攻撃はガザ地区抹消計画の総仕上げにほかならない。

真の解決策は自由

 占領の問題が隠蔽され、自立した経済活動を阻害された先にあるのは「人道問題」へのすり替えだとロイは言う。「パレスチナ人の存在は…窮乏化した飛び地のなかで経済的権利も政治的権利もなく、国際社会の『善意』に依存するしかない、人口数としての存在に貶められたのだ」

 占領構造のなかで援助をいくら出そうと、結局はイスラエルによる占領支配の強化に行きつく。一刻も早い停戦と住民の命をつなぐための支援が急がれるのは当然だが、それはゴールではない。必要なのは占領自体を終わらせ、パレスチナの自由を無条件に認めることだ。真の平和はそこからしか生まれない。 (M)



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