2024年10月18日 1842号
【「ファンタジー」との批判はなぜ/石破のアジア版NATO構想/「対等な同盟」に米国が危惧】
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石破茂首相が提唱する「アジア版NATO(北大西洋条約機構)構想」が各方面から批判されている。あまりの評判の悪さに、先日の所信表明演説では一切触れられなかった。石破構想はなぜ叩かれるのか。背景には日米主流派とのズレと世論対策があった。
メディアの一斉批判
「アジア版NATOの創設」は石破の持論で、自民党総裁選では安保政策の公約に掲げていた。首相就任直前には米国の保守系シンクタンクに寄稿し、次のように訴えている。
いわく「今のウクライナは明日のアジア。アジアにNATOのような集団的自衛体制が存在しないため、相互防衛の義務がないため戦争が勃発しやすい状態にある。この状況で中国を西側同盟国が抑止するためにはアジア版NATOの創設が不可欠である」
また「中国、ロシア、北朝鮮の核連合」に対する抑止力を確保するために、アジア版NATOにおいては「米国の核シェアや核の持ち込み」を検討しなければならないとした。そして日米同盟の「非対称性」を改めるために日米安保条約や地位協定の改定を行い、自衛隊を米領グアムに駐留させる案を提唱した。
この石破構想に全国紙の論調は批判的だ。「憲法の制約も国民的合意も地域の実情も顧みぬ『持論』に固執し続けるなら、かえって緊張を高め、国の安全を脅かしかねない」(10/3朝日社説)、「これまで安定的に運用されてきた(日米)同盟関係を大きく覆しかねない」(10/1読売社説)、「具体化には憲法問題があり、各国との交渉に大きなエネルギーも要する。この構想は取り下げた方がよい」(10/2産経主張)等々。
外務・防衛当局内でも「ファンタジーだ」(防衛省関係者)との批判が広がっているという(10/5朝日)。彼らが揶揄するように、アジア版NATO構想は軍事オタクで有名な石破個人の「ポエム」にすぎないのだろうか。
対中国の軍事同盟
NATOは旧ソ連に対抗するために設立された多国間軍事同盟だ。現在の加盟国は米国をはじめ北米と欧州の計32か国。一加盟国への武力攻撃を全ての加盟国に対する攻撃とみなし、兵力使用を含む反撃をする集団的自衛権を規定する。
NATOには米軍の核兵器を他の加盟国の軍隊が使うことができる「核シェアリング」という制度がある。ドイツを例にとると、有事になれば、米軍の小型核兵器(ドイツ軍の基地内で管理)がドイツ軍に供与され、同軍の戦闘機に搭載して使用することになっている。
このような多国間軍事同盟をアジアにも作るべきだと石破は言う。だが、中国と経済的に深く結びついたアジア諸国が賛同するとは思えない。事実、インドの外相は早速「不支持」を表明した(10/1)。
進むNATO的一体化
しかし、日米軍事同盟に関して言えばNATO方式の導入が進んでいる。たとえば、米軍と自衛隊の作戦指揮機能の統合だ。NATOが軍事行動をとる場合、加盟国の軍隊は欧州連合軍最高司令官の指揮下に入る。同司令官は米欧州軍司令官が兼任しているので、加盟国の軍隊は米軍の指揮で一体的に動くことになる。
現在の日米安保条約はそうなっていない。集団的自衛権の行使が合法化されたとはいえ、自衛隊と米軍は「各々の指揮系統を通じて行動する」ことになっている。憲法9条の下で認められる武力行使は「我が国を防衛するための必要最小限度に限られる」という政府の憲法解釈を踏み越えてしまうからだ。
そこで日米両政府は実質的なNATO方式を既成事実化しようと画策している。今年7月、日米安全保障協議委員会(2プラス2)が東京で行われた。会合後に発表されたのは、在日米軍司令部を再編して作戦指揮権限のある統合軍司令部を新設し、自衛隊の統合作戦司令部との作戦面での連携を強化する方針だった。
目指すのは、台湾海峡や朝鮮半島での「有事」の際に、在日米軍と自衛隊が一丸となって戦える体制の構築である。このような日米軍事一体化計画の背景に、中国を仮想敵国とした米国の軍事戦略があることは言うまでもない。
核シェアリングにしても、ロシアがウクライナに侵攻した直後の2022年2月、安倍晋三元首相がNATOの制度に触れ「日本は非核三原則があるが、世界の安全がどう守られているかという現実についての議論をタブー視してはならない」と発言したことがある。
このように、石破構想は個別の案では決して「的外れ」ではない。ではなぜ自民党の御用メディアにまで批判されるのか。
世論の合意は困難
石破論文には「日本は独自の軍事戦略を持ち、米国と対等に戦略と戦術を自らの意思で共有できるまで、安全保障面での独立が必要である」とのくだりがある。アジア版NATOも「対等な同盟関係」の一環と読みとれる。ならば米国は絶対に容認しない。親米保守の「読売」が「同盟を混乱させかねない発信」と懸念する理由はここにある。
世論をおおいに刺激するという問題もある。アジア版NATOは対中軍事同盟のことであり、集団的自衛権の発動で自動参戦する危険性は飛躍的に高まる。そうした政策をいま正面に掲げても世論は納得しない、ということだ。産経新聞は「台湾有事の抑制を優先すべき」(9/28主張)と説いた。「台湾危機への備え」を強調したほうが軍拡路線への合意を得やすいと言いたいのだろう。
石破の安保構想は日米支配層の主流をなす考えからズレており、それが批判につながった。とはいえ、対中国を念頭にした戦争国家づくりを進めようとしていることに変わりはない。それは日本全土を戦火に包み込みかねない道だ。 (M)
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