2024年11月29日 1848号

【未来への責任(409)長生炭鉱坑口開く 遺骨収集へ希望】

 「抗口開けたぞ!」。

 10月26日、山口県長生(ちょうせい)炭鉱で82年の闇に光を入れる集会が坑口ひろばで開催された。250名が集まった。韓国からご遺族14名、在日のご遺族2名、日本人ご遺族4名が参加。韓国からは30名を超える応援団も参加した。

 集会はご遺族のチェサ(祭祀)で始まった。直系の遺族チョン・ソッコさんは事故当時小学生だった。事故後ふたを閉められた坑口の前に毎日学校帰りに来て「アボジ」と叫び泣き続けた。犠牲者家族たちも坑道前で毎日泣き続けていたそうだ。

 その坑道の松の木のふたが82年の時を経て開いたのだ。「お父さん、私が来ましたよ!」チョンさんの大きな声が響いた。ある遺族の父は坑道内の木枠工事を担当していて犠牲になった。「父を実感した。泳いで入っていきたい」と思いを語った。

 10月29日は沖に立つピーヤ、30日には本坑道の潜水調査が行われた。

 29日の海は荒れていた。30人以上の報道陣が押し寄せ緊張が高まる中、水中探検家・伊左治佳孝さんと地元のスタッフが海の中に入っていく。潜水の目標は、旧坑道の上に位置するピーヤから本坑道をつなぐ側道へ移動が可能か確認すること。伊左治さんがピーヤに上がって降り、潜水する。潜水の準備に1時間はかかったが、私は、ダイバーがとにかく安全に出てきてほしい、と願った。

 20分経っただろうか、伊左治さんが出てきた。ほっとした。報道陣は遺骨を手に持っていないかと必死で撮影する。「海面から23b潜ったがパイプなどが複雑に詰まっていてそれ以上侵入できなかった。中は直径2bぐらいで狭い」と話された。

 10月30日は快晴。この日の目的は、本坑道が遺骨収集のため安全に前に進んでいけるかの確認で、100b進む予定だ。

 初めての本坑道調査で、坑内の水が真水であることが判明した。大きな陥没による海水の流入はないようだ。事前に命綱のライン(ナイロンのリール)が設置された。歩いて入るのは困難なため、潜水して入ることになった。40分後水の中からライトが現れ伊左治さんが戻ってきた。「ありがとう」「よかった」と拍手や声が沸き起こる。200b先まで潜ってきたが、ラインの長さが足らず引き返してきたそうだ。

 「視界は10〜20a。障害物があり途中から木枠で囲まれているのかどうかわからなくなった。様々なものが落ちているが何かわからない。手に数個ほどとってみたが、それは遺骨ではなかった。次は200メートルまでは早く行ける。遺骨収容の可能性はある」と、希望の持てる報告だった。

 次の潜水調査は1月31日から2月2日。追悼集会は潜水調査に立ち会いたいというご遺族の希望で2月1日に決まった。

(長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会 上田慶司)

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