2024年12月06日 1849号

【兵庫県知事選をどうみるか/斎藤「復活」の原動力はデマ/「パワハラ知事」が「改革の旗手」に】

 全会一致の不信任決議を受けて失職した斎藤元彦・前兵庫県知事が出直し選挙で再選を果たした。一時は総スカン状態だった「パワハラ知事」が、「既得権益に立ち向かう改革の旗手」ともてはやされ、短期間で復活を遂げた。その背景に何があったのか。

投票率も大幅増

 11月17日投開票の兵庫県知事選は、斎藤元彦前知事が約111万票を獲得して当選した。次点の稲村和美前尼崎市長とは約13万7千票の差。自民の一部と維新の推薦を受けた3年前の初当選時より得票数を約25万票も増やした。

 選挙戦に至った経緯からすると、とても想像できなかった結果である。斎藤はパワハラ疑惑と内部告発つぶしで批判され、メディアから大バッシングを受けた。県議会からも見放され、全会一致の不信任決議を受けて失職した(9/30)。

 その日の朝から斎藤は街頭演説を始めた。最初は見向きもされなかったが次第に聴衆を増やし、選挙戦最終盤には大観衆を集めるようになった。こうした「斎藤フィーバー」が投票率を押し上げたという指摘もある(前回より14・55ポイント増の55・65%)。

SNSで支持広げる

 「奇跡の復活劇」の原動力として注目を集めているのがSNSの影響力だ。斎藤の街頭演説に駆けつけた70代の女性は、あるインフルエンサーのSNS投稿から「真実にたどり着いた」と熱っぽっく話す。

 いわく「既得権益で甘い汁を吸っていた旧体制派の人たちが、改革を進める斎藤さんのことを疎ましく思い、県政の転覆を図って告発文書を世に出したのです。本当はパワハラの事実はなく、メディアや旧体制派が捏造したのです」。

 70代男性は「息子から勧められてSNSを見たら、斎藤さんは悪くないと思った」。「斎藤さん潰しに加担する既存メディアは本当におかしい」と批判する50代の女性は「今では新聞はもちろん、テレビも一切見ない」のだという。「その代わりユーチューブとXで偏りなく情報を集め、考えが凝り固まらないようにしています」

 22歳の男子学生も「メディアの批判は過剰」と話す。通勤途中で斎藤の街頭演説に立ち寄った30代会社員は、一方的な報道を「いじめ」と感じ、義憤から応援しようと思ったという。

 「斎藤さんは改革を進めようとして県庁の役人にはめられた」「パワハラ等の疑惑はでっち上げ」「対立候補の稲村は既得権益層が担ぎ出した」「マスコミの報道は嘘ばかり」「真実はネットにある。我々はもうだまされない」

 こうした斎藤支持者の物言いは、陰謀論に執着する米国のトランプ支持者とよく似ている。「トランプ叩きは“闇の政府”が仕掛けた」というやつだ。

立花孝志の参戦

 問題は「斎藤支援」の目的でネットに拡散された情報の中には、印象操作のレベルを超えた明らかなデマや悪質な人権侵害が多数あったということだ。最大の発信源は政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首である。

 立花は自身の当選は目指さず、斎藤を勝たせる立場で知事選に立候補した。そして、選挙活動における表現の自由を盾に真偽不明の情報をまき散らした。たとえば、内部告発を行った元西播磨県民局長(故人)への誹謗中傷である。県民局長が使っていた公用パソコンに「不倫の証拠」が残っていたと、動画配信やXでふれまわったのだ。

 こうした動画を立花は100本以上投稿。合計視聴数は計1499万回に上った。これらの切り抜き動画も計1299万回再生された。斎藤の公式チャンネルの再生回数が119万回だから、文字どおり桁違いの拡散力である。

 内部告発者の信用を失墜させる作戦は、この問題の争点化を防ぐ効果を発揮した。神戸新聞の出口調査によると、内部告発問題を投票の際に一番重視したという人は9・6%にとどまった。斎藤を応援した50代女性は「斎藤さんは文書問題についてあまり話さないので、立花さんに真実を教えてもらった」と語る。

 30代男性はネット特有の中毒性にハマったという。「ティックトックやショート動画、あとユーチューブも、立花さんのやつとかも面白かったです。勝手に見せられる回数が増えるにつれ、気持ちが強くなっていくのは、人間の性(さが)じゃないかな」

県政への不満が根底に

 もちろんSNSは万能ではない。「情報弱者がデマに踊らされた」という見方も浅すぎる。「改革を進めようとした知事が旧体制派にいびり出された。マスコミもグルだ」というナラティブ(物語)が多くの人びとに浸透したのは、彼らが「既得権益層」への強い不満を抱いていたからだ。

 兵庫県では、前職の井戸敏三まで4代連続、59年間にわたって、内務省・自治省(現在の総務省)から来た副知事が知事に就任するケースが続いてきた。国家権力の代理人による「県民不在の県政」を事実上のオール与党体制が支えてきたのである。

 20年に及んだ井戸前県政は阪神大震災からの復興を名目に大規模開発を連発。そのしわ寄せで生活が悪化した県民は県政への不信感を募らせていた。「既得権益やしがらみからの脱却」を掲げる斎藤に期待が集まる下地はあったのだ。

 その斎藤も実は元総務官僚だ。初当選の際には自民党本部の推薦を受け、当時の菅義偉首相から推薦証を直接受け取るパフォーマンスもしていた。自民党政治を打破するという意味での「改革派」では決してない。そのことが県議会と対立したことで逆に見えにくくなってしまった。

 エリートや金持ちの利益にだけ奉仕する今の政治に、圧倒的多数の人びとが「見捨てられ感」を抱いている。左翼・リベラル派やマスメディアも「既得権益」集団の一味と見なされ拒絶される。そうした中、極右勢力が怒りの受け皿となり議会でも台頭する―。

 今回の「斎藤復活劇」は都知事選における「石丸現象」と同じで、米国や欧州で起きている民主主義空洞化現象の日本版と見るべきだ。その危険性を軽視してはならない。   (M)



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