2024年12月13日 1850号

【「殺さない権利」を求めて(3)――非暴力・無防備・非武装の平和学 前田 朗(朝鮮大学校講師)】

 2016年12月、国連総会は平和への権利宣言(A/RES/71/189)を採択しました。

 21世紀に入って採択された国際人権文書としては、ダーバン人種差別反対世界宣言(2001年)、障害者権利条約(2006年)、強制失踪条約(2006年)、先住民族権利宣言(2007年)に続く成果です。

 日本国憲法前文は平和的生存権を掲げています。平和運動の現場では「世界で唯一」との声を聞きますが、ブルンジ憲法(2005年)第12条に平和的生存権が明記されています。ケニア憲法やコートジボアール憲法に平和への権利があります。

 2008年に日本の平和運動は「世界は憲法第9条を選び始めた」と唱えて「9条世界会議」を開催しました。ノーベル平和賞受賞者、各国の平和運動家・理論家の参加を得て、平和運動の活性化と憲法9条の世界化をめざす運動です。日本で9条を守り、活用し、改悪させないことと同時に、9条を世界に広げる取組みでした(9条世界会議日本実行委員会編『9条世界会議の記録』大月書店、2008年)。

 同時期に国際的に始まったのが国連平和への権利宣言をつくろうという運動でした。

 2003年のイラク戦争本格化を止めようと、世界中で反戦平和運動の取組みがなされました。ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、カイロ、イスタンブール、クアラルンプール、ソウル、東京など各地で大規模な反戦運動が続きました。しかしブッシュ米大統領は平和運動をあざ笑い、理由なき戦争を強行しました。「イラクが大量破壊兵器を保有している」という嘘で戦争を始め、膨大な人々を死に至らしめたのです。イラクに大量破壊兵器がないと明らかになると、ブッシュ大統領は「フセインは大量破壊兵器を保有したいと思っていた」とこじつけて戦争を正当化しました。国際社会はこれを許してしまいました。

 ブッシュ大統領の戦争犯罪を許してはならないと、日本、韓国、フィリピンなどの平和運動はイラク人民と協力して「イラク国際戦犯民衆法廷」に取り組みました。「アフガニスタン国際戦犯民衆法廷」に続く平和のための民衆法廷運動です。

 同じ時にスペインの法律家カルロス・ビヤン・デュランは、イラク戦争を許さないために「平和への権利の国際法化」をめざしました。カルロスは仲間とともにスペイン国際人権法協会を結成し、2004〜05年、ジュネーヴ(スイス)で開かれる国連人権委員会(現・人権理事会)でロビー活動を始めました。スイス、スウェーデン、イタリアをはじめ各国の人権活動家・平和運動家が加わりました。

 わたしたちは「平和への権利国際キャンペーン日本委員会」を組織して、その後10年間、スペイン国際人権法協会と一緒に活動することになりました(笹本潤・前田朗編『平和への権利を世界に――国連宣言実現の動向と運動』かもがわ出版、2011年)。
MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS