2024年12月20日 1851号
【SNS選挙と世論操作/フェイクに操られる民意/民主主義の土台が崩される】
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SNSが選挙戦の主戦場となる時代が到来した。先日の兵庫県知事選挙のように、デマや誹謗中傷が大量に飛び交う事例も少なくない。偽情報の拡散が民主主義の土台を揺さぶっているのである。巧妙化する世論誘導の実態を欧米諸国の先例からみていこう。
Xを有害メディア指定
英国の有力紙ガーディアンは11月13日、短文投稿サイトX(旧ツイッター)について、「極右の陰謀論や人種差別などの不穏なコンテンツがしばしば見られる」「有害なメディアプラットフォームだ」として、Xへの記事の投稿を取りやめると発表した。
Xのオーナーである実業家のイーロン・マスクはドナルド・トランプ次期米大統領の有力支持者で、新設される「政府効率化省」のトップとして政権入りが確定している。ガーディアン紙は、米大統領選挙を通じて「マスク氏がその影響力を使って、政治的意見を形成できることが明確に示された」と指摘。「今やXを利用するメリットよりマイナス面が上回っている」と結論づけた。
マスクがXを買収して以降、憎悪表現や虚偽情報が急増したのは事実だ。「言論の自由の守護者になる」と豪語するマスクが、規約違反でアカウントを凍結された利用者(その筆頭はトランプ)を次々と復活させたり、不適切投稿の監視部門を縮小したからである。
その結果、今回の米大統領選は対立候補のイメージダウンを狙った偽情報や偽画像が氾濫した。たとえば、民主党のカマラ・ハリス候補を共産主義者だと印象づけようとする画像がXなどで広まった(トランプもマスクも自身のSNSに投稿した)。生成AI(人工知能)の偽画像であることがバレバレの代物だが、閲覧回数は8千万回を超えた。
ブラジルでは落選したボルソナロ前大統領の支持者が、Xで広まったデマに煽られ、議会などを襲撃する事件が起きた。ブラジル最高裁は虚偽情報の削除や拡散する利用者のアカウント凍結を命じたが、X側は拒否。最高裁は同国でのサービス停止を命じた。
英国でもXの虚偽情報をもとに移民排斥を求める暴動が拡大した。マスクは自らの責任には言及せず、「内戦は避けられない」とあおるように書き込んだ。
規制が追いつかない
偽情報をまき散らしているのはXだけではない。文章が中心のXよりもユーチューブやティックトックのような動画投稿サイトのほうが若い世代に支持されており、影響力で上回るとの指摘もある。
ルーマニアの大統領選挙では、極右・親ロシア派のカリン・ジョルジェスク候補が1回目投票で首位に立った。事前世論調査での支持率は5%だったが、ティックトックを使った選挙運動で支持を広げた。ロシアが介入した情報操作の可能性が指摘されている(12月6日、憲法裁判所は選挙の公平性が損なわれたと判断。投票は無効とし、選挙のやり直しを命じた)。
重要選挙のたびに偽情報がSNSで拡散されるケースが相次いだことから、欧州連合(EU)は法規制の強化などの対策に乗り出した。ただし、技術の発展とともに巧妙化する手口に規制が追いついていないのが現状だという。
政治広告で誘導
EUが特に問題視しているのは「マイクロターゲティング」と呼ばれる手法である。膨大な個人情報をAIに分析・学習させ、有権者個々の政治的傾向や関心事を把握。それらに最適化した政治広告を送りつけることで、特定の候補への投票を誘導する。
広告を受け取る側からすれば、偶然パソコンやスマホに表示されたかのように見える。しかも報道や個人投稿の体裁を装っていることもあるので、政治広告だと気づきにくい。かくして警戒心を抱かぬまま、世論誘導の罠に引っかかってしまうというわけだ。
2016年の米大統領選挙では、トランプ陣営の委託を受けたデータ分析会社が、フェイスブックから不正に入手した数千万人分の個人情報を世論操作に使ったことが分かっている。英国がEU離脱を決めた2016年の国民投票でも離脱派に有利な世論操作を同じ会社が行ったという。
その会社の名前はケンブリッジ・アナリティカ(CA)。事件の発覚で批判され解散したが、もともとは英国の軍事コンサルタント会社の子会社として発足した。CA社の元社員クリストファー・ワイリーさんは、同社の不正工作の実態を内部告発した一人である。
ワイリーさんによれば、心理的に操作されやすい傾向がある人びとを狙って攻撃を仕掛けるのだという。たとえば、社会から見捨てられたという被害者意識を抱えている層だ。彼らの不安や憎悪の感情を感染拠点として、「移民排斥」などトランプ陣営に有利な極右思想を集団に広めていくというのである。
年配層がカモられる
日本のジャーナリストの取材に対し、ワイリーさんは次のような警告を発している。「若い人より年配の人々の方が偽情報にだまされやすいことはさまざまなデータで分かっている。なぜか。年配の人々は既存メディアによってチェックされ、編集された情報を受け取る時代に生きてきた。ニュース=事実、という強い固定観念を持った人々で、その認識のままこのSNS社会に生きている。これは大きな脆弱性だ。しかも日本でファクトチェックをする組織の数は韓国にすら及ばない」(大治朋子著『人を動かすナラティブ』)
このインタビューは2022年5月に行われたものだが、「ネットで真実に目覚めた」と語る有権者の投票行動が選挙結果を左右するようになった今日の状況を正確に言い当てている。事実にもとづき議論を深めるという民主主義の土台が揺らいでいる。 (M)
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