2025年01月17日 1854号
【韓国 「非常戒厳」から1か月/市民は何を語り、行動したのか/「平等な社会」求める闘いは続く】
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韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が「非常戒厳」を宣言してから約1か月が経過した。武力で民主主義を潰そうとした企てを阻んだのは、主権者である市民の闘いだった。彼らはどんな思いで、果敢に行動したのか。一連の弾劾要求集会などでの発言からみていこう。
「私」を守りたい
「お母さんとお父さん、心配しないで、私たちはより良い世界を作っている」。12月10日、国会前で行われた弾劾要求集会の最前列で、若い女性が掲げていた手書きのメッセージである。彼女はアイドルの応援棒(ペンライト)を最新のK−POP曲のリズムに合わせて振り、「尹錫悦弾劾」コールを連呼した。
彼女のような女性たちが、この日の集会の主役であった。20代30代の女性が参加者の約3割を占めたというメディアの推計もある。集会に来た理由を聞くと「大切なものを守るため」だと話す。大統領の戒厳令宣言により、日々の生活が脅かされる危機感をおぼえたというのだ。
ソウル市江西区(カンソグ)の女性は「まず自分を守ろうと思ってこの集会に来た」と語る。守りたい「自分」とは、「好きなことを自由に楽しむことができ、政治的な発言をしても迫害されない私」のことだという。
ソウル市江東区(カンドング)在住の女性は3人の友人と一緒に参加した。「家族や友人、日常生活など大切なものを守りたいという思い」からだ。アイドルグループ「インフィニット」のファンだという彼女は「愛が勝つことを見せたい」と話す。同グループのヒット曲に「私の愛が勝つ」という歌詞があるのだそうだ。
作家のアン・ヒジェさんは「私たちアイドルファンが集会で応援棒を振る理由」をこう語る。「私たちにとって応援棒はあまりにも日常的なものだ。応援棒を振るのは楽しいことであり、感動的なことであり、力を与え合うことだ」。つまり、「自分にとって最も大切な光」を持ち込むことで、大切な民主主義を守る意思を表したというのだ。
安心できる場所作り
アンさんはまた「アイドルファンの女性たちは、応援棒を持ってお互いを認識しながら、国会前を占拠し、広場を変えている。恐ろしくて居心地の悪いこの場所を変えてやるという気持ちで。これは広場内部の革命だ」と強調する。
注釈が必要だろう。8年前のろうそく集会、つまり朴槿恵(パククネ)大統領弾劾集会の時には「女が大統領だから国が滅びる」といった揶揄(やゆ)や罵倒が飛び出すことがしばしばあった。いわゆる進歩派内部のミソジニー(女性嫌悪)体質は女性たちを傷つけ、落胆させた。
その反省から、今回の集会では「平等な集会のための皆の約束」を主催者側が提起するようになった。たとえば「私たちは性別・性的指向・性別アイデンティティ・障害・年齢・国籍などに関係なく、皆が同等な参加者です。すべての参加者は女性・性的少数者・障害者・青少年・移民など社会的少数者を差別したり対象化する言葉と行動をしません」というように(12/5済州(チェジュ)市での集会)。
権力者が作り出した差別と分断を克服するための工夫が「誰もが安心して参加でき、また来たいと思わせる」場所の創出に寄与したことは間違いない。
疎外された人に思いを
SNSで拡散され、注目を集めた発言がある。釜山(プサン)での集会(12/11)におけるキム・ユジン(仮名)さんの発言だ。「私はいわゆる飲み屋の女です」と彼女は語り出した。
「多くの人が偏見を持って私を軽蔑したり指差したりすることを知っていますが、今日私は民主社会の市民としてその権利と義務を果たそうとこの場に勇気を出して上がってきました。お願いします。私たちの周りの、疎外された人びとに注意を払ってください」
彼女はそう語り、様々な社会的差別(非正規労働者、移民、障がい者、女性、性的少数者、地域嫌悪)に起因する問題を列挙した。そして「これらすべてが解決されなければ、私たちの民主主義はまだ完璧ではないのです」と訴えた。
「私たちは世界中で右傾化が加速する時代の真ん中に立っています。この巨大な流れを止めなければ、別の尹錫悦が私たちの民主主義を脅かすでしょう」。後に彼女はハンギョレ新聞の取材に対し、右傾化の原因を「資本主義の限界が露呈しているのではないか」と述べている。
「若い女性の集会参加が目立った」という記者に対し、ユジンさんはこう答えた。「実は若い女性たちは社会問題に関心を持って地道に闘争を続けてきました。ついに『私たちが発見された』のだと思います。昔、劇場で働く女性、工場労働者の女性、こういう方々もずっと闘争をしてきたじゃないですか。ある日突然じゃじゃーんと登場したのではなく、地道にいたのですが、いよいよ世界が私たちを見てくれたのではないかと思います」
農民と市民の連帯
12月22日、全国から集まった農家の人びとが大統領退陣を求めるトラクターデモをソウル市内で行った。その前日、デモ隊はソウルへの道中で警察に足止めされていた。約28時間に及んだ封鎖を解除させたのは、SNSで状況を知り現場に駆けつけた市民だった。
彼らは夜9時頃から「即席集会」を開催。氷点下11度の寒波の中でもK−POPと「農民歌」を交互に歌い、徹夜の抗議を行った。現場に来られなかった人たちは、温かい飲食物の出前や防寒用品を送った。
このように、尹錫悦が作り出した民主主義の危機をバネとして、市民は互いの立場に共感し連帯を広げている。日本のメディアがこのことを伝えないのは、国内への波及を恐れているからとしか思えない。(M)
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