2025年01月24日 1855号

【阪神・淡路大震災から30年/今も「体育館で雑魚寝(ざこね)」はなぜ/「援助を受ける権利」の確立を】

 阪神・淡路大震災の発災から30年。「避難所は学校の体育館」「冷たい床で雑魚寝」という劣悪な避難環境はほとんど改善されておらず、疲労やストレスで体調を崩して亡くなる「災害関連死」が絶えない。この国の被災者支援の貧困は何に起因するのか。

災害関連死の多発

 「阪神大震災と何も変わっていない」。昨年1月、能登半島地震の発生から4日後に現地入りした「被災地NGO協働センター」(神戸市)のメンバーは眼前の光景に驚いた。避難所となった体育館の床に段ボールを布き、毛布にくるまって雑魚寝する被災者の姿が、30年前の神戸と重なったからだ(1/26産経)。

 災害による直接的な被害ではなく、避難生活や医療態勢の崩壊など間接的な要因で発生する死亡を「災害関連死」と呼ぶ。対策の重要性が指摘されてきたが、現実には大きな自然災害のたびに起きている。

 共同通信の調べによると、阪神・淡路大震災以降の30年間で、自治体が災害関連死と認定した人が少なくとも5456人に上るという。関連死の認定には遺族の申請が必要であり、実際には認定者以上の死者がいることは明らかだ。

 能登半島地震で災害関連死認定された人は昨年末で276人。地震や津波で亡くなった「直接死」の人数を超えた。2016年の熊本地震に至っては、関連死認定された人(222人)が直接被害による死者(50人)の4倍を超える。

 総合防災が専門の奥村与志弘・関西大教授は「この30年間で、関連死の発生率を大きく減らすことはできていない」と話す(1/11毎日)。毎年のように大きな自然災害が起きる日本で、なぜ緊急の課題が放置されてきたのだろうか。

命を削る劣悪環境

 日本では「避難所といえば学校の体育館」が常識化しているが、そうした避難生活には次のような問題点がある。▽一人あたりの面積が狭く、プライベートスペースが確保できない▽常に騒音や混雑感があり落ち着かない▽ベッドや布団がない、または不足している▽エアコンや入浴施設がない▽トイレが不衛生な状態になる▽温かい食事が提供されない、等々。

 その結果、睡眠不足や慢性疲労、ストレス過多や感染症、エコノミークラス症候群などに陥り、健康を著しく害してしまう人が少なくない。避難所の劣悪な環境が被災者の命を削っているのである。

 「災害時には多少の不便も仕方ない」と言う人もいるだろう。みんなで耐え忍ぶことを「日本人の我慢強さ」と讃える風潮さえある。しかしそれは世界の非常識というものだ。新潟大学大学院の榛沢(はんざわ)和彦特任教授は「日本の避難所は欧米からみればハラスメント状態だ。『避難所の生活を改善すると、被災者の自立が遅れる』という主張がされるなど、根本的な誤解がある」と指摘する。

イタリアの避難所は

 避難所は被災したすべての人が安心し、健康的に過ごせて、生活再建へ向けて力を蓄えてもらう場――こうした意識が欧米では共有されている。たとえば、日本と同じ地震国のイタリアでは、国の官庁である「市民保護局」が避難所の設営や被災者の生活支援を主導している。

 大型テントやコンテナ式水洗トイレ、移動式キッチンなど避難所で必要な資材は、国が中心となって整備し、すぐに持ち出せる状態で全国の拠点に保管されている。仮設テントといってもキャンプ用のような簡易なものではない。約10畳の広さで、電化されエアコンが付いている。

 発災後、12時間以内には避難所設営のチームが現地に向けて出発する。その際、約100人のスタッフが帯同する。行政職員、医師、公衆衛生関係者など20人程度とボランティア団体からの派遣者だ。日本流の「善意の無償奉仕者」を想像してはいけない。イタリアの災害ボランティアは、事前に災害対応についての研修を受け、被災地に派遣される場合は、日当・交通費・労災保険が保証される。

 特に重視されているのが、「温かくおいしい食事」の提供である。「家を失ったり、大災害にあったとき、心の慰めとなり、安らぎとなるのがまず食事なんです。温かい食べものは体も温めてくれますが、心も温めてくれますから」。キッチン担当者はNHKの取材にこう語った。

ここでも自己責任論

 イタリアの避難所運営には、参考にしているルールと基準がある。災害や紛争時の避難所について国際赤十字などが策定したスフィア基準だ。「人道憲章と人道対応に関する最低基準」という正式名称が示すように、避難者はどう扱われるべきであるかを個人の尊厳と人権保障の観点から示したものである。

 冒頭の「人道憲章」から特に重要な部分を抜粋しよう。▽災害や紛争の避難者には尊厳ある生活を営む権利があり、援助を受ける権利がある。▽避難者への支援については、第一にその国の国家に役割と責任がある―。援助を受けることは避難者の「権利」であり、避難者援助は国の「義務」だということだ。

 日本では内閣府が自治体向けに示した「避難所運営ガイドライン」がスフィア基準に言及しているが、あくまでも「参考にすべき国際基準」という扱いで、援助を求めることの権利性や国家の責任には触れていない。避難生活も生活再建も原則は「自己責任」という考えが透けてみえる。

 防災対策強化を掲げる石破茂首相は2025年度の政府予算で防災関連費を倍増すると豪語した。だが、計上額は146億円。イタリアの3千億円とは比べものにならない。そのくせ、「敵基地攻撃能力」の構築には9390億円も使う気だ。カネの使い方を明らかに間違っている。 (M)





MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS