2025年02月07日 1857号

【シネマ観客席/アプレンティス ドナルド・トランプの創り方/監督 アリ・アッバシ 2024年 米国 123分/強欲モンスターの誕生秘話】

 トランプ米大統領の若き日の姿を描いた映画『アプレンティス/ドナルド・トランプの創り方』(アリ・アッバシ監督)が公開中である。「世間知らずのお坊ちゃま」はいかにして強欲資本主義の権化となったのか。その背景には、ある「師匠」の存在があった。

悪徳弁護士との出会い

 題名のアプレンティスとは「見習い」や「徒弟」を意味する言葉。トランプをテレビの人気者に押し上げたリアリティー番組のタイトルでもある。同番組のホスト役を務めたトランプの決め台詞「貴様はクビだ!(You're Fired!) 」は流行語にもなった。

 本作はトランプが全米屈指の大富豪にのし上がっていく過程を実話にもとづいて描いたドラマである。政治ジャーナリストとしてトランプを長年取材してきたガブリエル・シャーマンが脚本を担当した。

 時は1973年。27歳のトランプは父親が経営する不動産会社で実業家の道を歩み始めた。「必ず父を超える」との思いは強かったが、この頃は実行力がともなわない青年にすぎず、会社が所有する賃貸マンションの家賃回収にも四苦八苦していた。

 そんな時、会社が大ピンチに陥る。入居審査で黒人を締め出していることが露呈し、司法省から訴えられたのだ。人種差別は明らかで、普通に裁判をやれば勝ち目はない。困り果てたトランプは凄腕弁護士のロイ・コーンに泣きついた。

 コーンは元検事で、マッカーシー上院議員に協力して「赤狩り」(共産主義者や同調者とみなした者を社会的に追放すること)を実行した人物だ。その後、弁護士に転身。共和党の大物政治家と太いパイプがあり、富裕層からマフィアまでを顧客にしていた。

 コーンの手口は「勝つために手段は選ばない」というもの。裁判の相手や判事を脅して屈服させるネタを集めるために盗聴までしていた。そんなコーンに心酔したトランプは悪の手口を吸収。やがて師をも欺くようになっていった…。

上からの階級闘争

 コーンがトランプに教え込んだ勝利の法則は、「攻撃、攻撃、攻撃」「非を絶対に認めるな」「何が起ころうとも勝利を主張し、決して負けを認めない」の3点。現在のトランプの振る舞い(選挙戦術や数々のスキャンダル対応)を思い起こしてほしい。彼が師匠の教えを忠実に守っていることがわかるだろう。

 さらにコーンはトランプにこう言い聞かせた。「いいか、リベラルの奴らがやりたいのは我々からカネを奪い、福祉と称して怠け者にバラまくことだ」。俺が稼いだカネは俺だけのもの。貧乏人どもに分配するような制度はバカげている、というわけだ。

 かつて経済地理学者のデヴィット・ハーヴェイは、新自由主義を“低成長時代における資本家階級から労働者階級への階級闘争”と定義づけた。「上から下を奪う」という逆立ちした階級闘争であると。コーンが唱え、トランプが実践してきたことはこれである。彼らは新自由主義が米国の国是となっていった時代の寵児(ちょうじ)なのだ。

 ドラマの最終盤でこんな場面がある。不動産王となったトランプを取材した記者は、例の3つの法則を自慢げに聞かされ、思わずこう述べた。「最近の米国の外交政策と同じですね」。そのとおり。トランプもコーンも、米国という師のアプレンティス(徒弟)だったということだ。

本質は大富豪政権

 さて、トランプ新政権の本質を一言で表すなら「大富豪政権」であろう。「テック右派」と称される巨大IT企業の経営者が露骨にすり寄っているのだ。その筆頭がX(旧ツイッター)などを率いるイーロン・マスクである。すっかりトランプのお気に入りとなった彼は、歳出削減を主導する新組織「政府効率化省」の責任者に指名された。

 1月20日の大統領就任式には、グーグルを運営するアルファベットのスンダー・ピチャイCEO、アップルのティム・クックCEO、メタのマーク・ザッカーバーグCEO、アマゾンのジェフ・ベゾス会長らが集結。特等席でトランプの政権復帰を祝った。

 彼らがトランプに期待するのは政府規制の徹底した緩和、そして税負担の軽減である。ひらたく言えば、カネ儲けの自由と富の独占を保障せよということだ。トランプは富裕層減税の延長・恒久化や法人税の引き下げを約束。穴埋めの財源確保策として、低所得層の支援を削減する案を画策している(1/25日経)。

 「アメリカの黄金時代がいま始まる。皆さんのために闘う」。トランプは就任演説でこう宣言した。一体、誰のために闘うと言っているのか。『アプレンティス』を観た人なら、一発で理解できるはずだ。(O)

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