2025年08月01日 1881号
【哲学世間話(46)/デマで限界線£エえる/田端信広】
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国民民主党が「若い人の社会保険料」を軽減するために「高齢者医療、とくに終末期医療の見直し」を打ち出し、「尊厳死の法制化」すらも提起したのは、昨年10月の衆議院選挙のことである。
さすがに、この政策は各方面から多くの批判を浴びた。本欄も、それが「財源問題」を利用して、人の命に優劣をつけ、「命の選択」を迫るものだと厳しく批判した。
ところが、である。今回の参議院選挙で、今度は参政党の神谷代表がまったく同じ主張を繰り返した。神谷は「終末期の延命措置医療費の全額自己負担化」を提起したのである。
玉木と神谷は「同じ穴のムジナ」である。彼らはともに根拠のないことをあたかも真実であるかのように語っている。「高齢者」や「終末期の患者」に「高額医療費をかけることが国全体の医療費を押し上げ」ており、その費用を削減することで、若者・現役世代の「社会保険料」を引き下げることができる、と彼らは言う。
これはデマとも言える。厚生労働省が以前に公表した推計では、終末期医療費が年間の医療費全体に占める割合は約3%にすぎない。医療経済学の専門家も「終末期の医療費が国全体の医療費を押し上げている要因とは言えない」と断じている。だから、仮に終末期医療費を削減したところで、それだけではとても若い人の社会保険料を引き下げることはできないのである。
おそらく、玉木や神谷にとっては、そんな事実はどうでも良いのである。彼らにとって重要なのは、若い人や現役世代の経済的困窮に発する不満を利用し、特定の人が「優遇」されていることがその困窮の原因であるというストーリーをでっち上げること、自分たちがその困窮を解消するという雰囲気を作り上げることなのである。
「生活保護で外国人が優遇されている」等々の虚偽も、そのようなストーリーの典型である。
「尊厳死の法制化」に関して、安倍首相(当時)ですら「尊厳死」問題で「大切なことは医療費との関連で考えないことだろう」(2013年参院予算委員会)と語っていたことを思い起こすならば、玉木と神谷は安倍でさえ踏み越えられなかった限界線≠軽々と超えているのである。その危険性を看過してはならない。
(筆者は元大学教員) |
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