2025年08月08日 1882号

【読書室/戦争と法 命と暮らしは守られるのか/永井幸寿著/岩波新書/1060円(税込1166円)/守る対象は国家、市民ではない】

 武力攻撃事態などの有事における国民保護法制は、災害救助法制をモデルとしている。本書はまずこの二つの法制には大きな相違点があることを明らかにする。

 第一に、災害救助法制は災害発生自治体の権限が大きく国は財政面などの支援が中心となるのに対し、国民保護法では国の裁量権が大きく自治体は政府の指示に従うことになる点だ。

 政府の権限は、事態の認定に始まり、住民退避の判断や病院など公的施設の利用、港湾、空港など施設の軍事利用など多岐にわたる。自治体が協力を拒否した場合はその権限を停止し、従わせる仕組みも盛り込む。

 第二に、自然災害法制には災害弔慰金、生活再建給付金、住宅再建給付などの補償制度があるのに対し、国民保護法制ではこの点が全く欠けている。これは戦争被害を国民はひとしく受忍すべきという考えが貫かれているからだ。空襲被害などの一般戦災被害者が国に求めた補償要求はこの受忍論で退けられてきた。

 戦争など国の非常事態に、政府に権力集中させるのが国家緊急権だ。国家緊急権発動では権力の濫用と人権侵害の危険性が高い。戦前、2・26事件の時、軍部は国家緊急権である「戒厳」を4か月半も継続させることで軍部批判を封じ、反乱の責任を政治に押しつけ、軍部の協力なしには内閣が成立しない体制を作り、戦争へと突き進んだ。自民党がめざす緊急事態条項は国家緊急権の復活なのだ。

 本書の結論は明快だ。もし戦争が起こったら、国は私たちを守らない。著者は、平和の中で私たちの命と暮らしを守ることが重要であり、外交で日中の信頼関係を生む努力こそ問われていると訴える。   (N)
MDSホームページに戻る   週刊MDSトップに戻る
Copyright Weekly MDS