2025年09月05日 1885号

【読書室/「核抑止論」の虚構/豊下楢彦著 集英社新書 1150円(税込1265円)/「脅し」ではなく軍縮への大転換を】

 80年前の広島、長崎への原爆攻撃―人類が体験した唯一の「核のホロコースト」によって、核は使われるべきでないという「核のタブー」が生み出された。核保有は、敵国が核の先制攻撃をすれば必ず報復攻撃を受けるという脅しを意味する「核抑止論」で合理化されてきた。しかし、この「核抑止論」によって核軍拡競争が進み、地球を何度も破壊できるほどに核戦力を増強させてしまった。

 また、核保有国は、「抑止論」を主張する一方で、核を「指導者の暴走で核攻撃がありうる」と、核を持たない国々や抵抗できない人びとを威嚇(いかく)し支配する道具としてきた。

 ベトナム戦争の軍事介入に失敗した米国は「ニクソン大統領が理性を失い核攻撃を本気で考えている」との情報を意図的に流し、停戦交渉を進めた。「核攻撃をするかも」という脅しは、現在のプーチンやトランプなど好戦勢力に受け継がれ、ウクライナやガザにまで向けられているのである。

 「抑止論」から脱却し核軍縮にむけ前進したのが、1980年代、旧ソ連のゴルバチョフ書記長の「新思考外交」の時だ。ゴルバチョフの一方的核削減提案は、欧州の反核運動の高揚を背景に、米レーガン政権を巻き込み、中距離核ミサイル全廃、冷戦終結まで一挙に進んだ。しかしその後、再び「抑止論」が勢いを増し、今日に至っている。

 現在、「台湾有事」を想定したミサイル配備が進み、核武装まで公然と主張されるようになった日本。本書は、日本が米国の戦略から自立し、緊張緩和と軍縮の旗振り役となれば必ずアジア諸国の支持を取り付けることができる、と外交の大転換を訴えている。(N)
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