2025年09月12日 1886号

【「殺さない権利」を求めて(12)――非暴力・無防備・非武装の平和学/前田 朗(朝鮮大学校講師)】

 1921年の非武装化条約によってオーランド諸島は軍隊のない島になり、100年を超えましたが、いま重大な危機に直面しています。フィンランドが北大西洋条約機構(NATO)に加盟したからです。

 ロシアのウクライナ戦争開始後、フィンランド、スウェーデン、バルト3国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)は、安全保障への危機意識からロシアを名指しで敵視し、NATO加盟、自国の軍備拡張、軍事演習などを強化促進する結果となりました。フィンランドは2023年にNATOに加盟しました。第1にロシアが嫌った「NATOの東方進出」を実現したという意味で、ロシアの誤算です。NATOがロシアと直接国境を接する距離が極端に増加しました。第2に欧州地域における非NATO地域の消滅を意味します(スイスなど一部は別ですが)。EUという政治経済機構、欧州安全保障協力機構(OSCE)という安全保障機関、そしてNATOという軍事同盟が一体化することを意味します。対外的に強固になると同時に内部矛盾が蓄積されることでしょう。

 第3に、フィンランドについて言えば、独自の安全保障政策を放棄してNATOによる安全保障を手にしたことで、NATO諸国への協力義務が生じます。小国フィンランドが負う国際法的義務はさほど大きなものではないとはいえ、政治的倫理的にNATOの一員としてロシア敵視政策を国是とすることになりました。

 このことは冷戦終結後のグローバル化の時期、1990年代から既に予見されていました。「将来、フィンランドがNATOに加盟した場合、オーランド諸島の非武装中立政策はどのような影響を受けるか」。2000年代の諸文献で懸念されていた問題が一気に現実となりました。当時の予測では、その影響は過少に見積もられていたかもしれません。第1にバルト海の戦略的重要性の低下、第2にオーランド非武装中立化が多くの諸国の国際条約によって担保されていること、第3にウクライナ戦争のような事態は予見されていなかったことを指摘できます。

 ルンド大学人権研究所のマイノリティの権利研究者のイダ・ヤンソンの論文「国際的決定の地方レベルでの履行――国際連盟とオーランド諸島1920-1951」『自治安全保障研究ジャーナル』第4巻1号(2020年)は、オーランド諸島の自治が20世紀を通じてうまく機能した理由を探り、オーランド諸島を非武装化した国際連盟決定がオーランド住民にどのように受け止められ、定着したかを測定します。彼女によると、国際的枠組みによるマイノリティの権利保護をオーランド住民が実践的に受け止めて非武装・中立・自治がセットになりました。ソ連東欧社会主義の成立やNATO創設後も、小国の一地域のマイノリティ保護であるがゆえに機能し得たのです。

 逆に言えば、ウクライナ戦争終結後、NATOによるロシア封じ込めの第2段階としてバルト海の戦略的位置づけが変容すれば、フィンランド及びスウェーデンの「国益」の前にオーランド諸島が最前線にされる危険性を否定できません。
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