2025年10月31日 1893号 
            【読書室/南京事件 新版/笠原十九司著 岩波新書 1120円(税込1232円)/近代日本の対中国感情 なぜ民衆は嫌悪していったか/金山泰志著 中公新書 860円(税込946円)/歴史否定は戦争への道】
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             中国を仮想敵国とした軍拡策動と軌を一にして、歴史の否定や排外主義を煽る言説を政治家がまき散らしている。今回紹介する2冊『南京事件 新版』(笠原十九司(とくし)著)と『近代日本の対中国感情』(金山泰志(かなやまやすゆき)著)は、デマゴギーに惑わされないために読んでおきたい基本書だ。 
            否定論者が国会議員に
             今年7月の参議院選挙で、「南京大虐殺はなかった」と主張する候補者が当選を果たした。参政党の初鹿野裕樹(神奈川選挙区)と、日本保守党の百田尚樹(比例代表)である。 
             
             初鹿野は今年6月、自身のXに「南京大虐殺が本当にあったと信じている人がまだいるのかと思うと残念でならない。日本軍は『焼くな、犯すな、殺すな』の三戒を遵守した世界一紳士な軍隊である」と投稿した。 
             
             同党の神谷宗幣代表が主宰するネット番組に出演した際も「(遺)骨もどこにあるか分からないし、証拠だという写真も全部捏造。何も証拠もないような状況で、あったと断定するにはおかしいのではないか」と語った(8/8配信)。 
             
             作家である百田も、ベストセラーとなった著作『日本国記』(幻冬舎)の中で、「南京大虐殺は中国国民党が宣伝したフィクション。(日本軍が)民間人を大量虐殺した証拠はない」などと言い張っている。 
             
             「南京大虐殺があったかどうか」は、圧倒的な数の史料や証言が発掘・刊行された結果、決着済の話である。そうした史料を無視することが否定論者の特徴だと、笠原十九司・都留文科大名誉教授は指摘する。 
             
             笠原教授が最新の研究成果を踏まえて自身のロングセラーを「増補改訂」した『南京事件 新版』(岩波新書)から、虐殺の実相をみていこう。 
            世界に報道されていた
             南京大虐殺事件、略称としての南京事件は「日本の海軍ならびに陸軍が、南京爆撃と南京攻略戦ならびに南京占領期間において、中国の軍民(中国軍兵士と民間人、市民)にたいしておこなった戦時国際法違反に違反した不法残虐行為の総体のこと」をいう。 
             
             1937年12月、日本軍は中国の首都・南京に向けて進撃を開始するが、長期化する戦闘で軍紀は乱れきっており、道中の村落で虐殺や放火、略奪をくり返した。そのことは当時の戦闘詳報や陣中日誌類にはっきり記されている。 
             
             日本兵たちは食糧や宿泊場所を住民から奪い、家屋等を焼き払った。その様子を「炎は高くもえあがり、気持ちがせいせいした」などと面白がっていた。軍上層部が黙認したことにより強姦殺害も多発した。「多数の女性が性の恥辱と生命の剥奪という二重の犠牲を強いられた」のである。 
             
             その後、南京を完全包囲した日本軍は徹底した殲滅作戦を実行した。中国軍の敗残兵や投降兵を集団あるいは個別に殺害した。元兵士と思われただけで多くの成年男性が殺され、日本兵の気まぐれでも多数の市民が惨殺された。 
             
             こうした戦時国際法違反の大量虐殺は、南京にとどまっていた外国人特派員によって報道され、世界に知れ渡った。「大虐殺があったと世界に報じられてはいません」という百田の主張は大ウソである。 
             
             YMCA国際委員会書記のジョージ・フィッチは、日本兵による強姦の非道ぶりを日記に書き残している。「昨夜から今日の昼にかけて一〇〇〇人の婦人が強姦されました。ある気の毒な婦人は三七回も強姦されたのです。別の婦人は五か月の赤ん坊を故意に窒息死させられました。野獣のような男が、彼女を強姦する間、赤ん坊が泣くのをやめさせようとしたのです」 
             
             当時、外務省の東亜局長だった石射猪太郎は「上海から来信、南京における我が軍の暴状を詳報し来る。掠奪、強姦目もあてられぬ惨状とある。ああこれが皇軍か」と嘆いた。これが初鹿野の言う「世界一紳士な軍隊」の実態なのだ。 
            「人口20万人」の嘘
             初鹿野や百田は「当時の南京の人口は20万人なので、中国側が主張する30万人もの虐殺はあり得ない」と主張する。だが、この「20万人」という数字は南京市の人口ではない。虐殺を逃れ、安全区に避難した難民らの推定数なのだ。史料を曲解して自説を正当化する手口を否定論者はよく使う。 
             
             本書は、加害者側の日本軍の史料と、被害者側の中国の諸史料とを用いて、犠牲者の概数を「十数万以上、それも二〇万人近いかあるいはそれ以上」と推定している。“正確な数字を確定できないなら実態も不明”という否定論者の主張が学問的に成立しないことは言うまでもない。 
            根底にある差別感情
             中国人に対する日本兵の残虐行為は軍隊による洗脳教育だけでは説明できない。『近代日本の対中国感情』(中公新書)の著者である金山泰志・横浜市立大学准教授は、そうした疑問を抱いたことが「日本人の中国観」研究に打ち込むきっかけになったと話す。 
             
             民衆の感情レベルでの中国観を明らかにするうえで、本書は近代日本で刊行された少年雑誌のビジュアル表現(挿絵・漫画・写真)に注目する。そこには、わかりやすくかつ先鋭的なかたちで敵愾心や蔑視感情が表出しているからだ。 
             
             戦争は敵=悪への敵愾心を煽る。悪を倒すには悪を憎む必要がある。中国人は当然のように「悪人」として描かれた。戦争が終わっても敵愾心がなくなるわけではない。「敵愾心は、根拠なき『嘲笑』や『嫌悪感』に形を変えて、ネガティブな感情として残り続けた」のである 
             
             本書で紹介された中国人敵視や侮蔑表現のパターンは、現在の出版物やネットにあふれているそれとほとんど同じものだ。差別や偏見を煽る排外主義は戦争につながっている。だからこそ危険なのだ。  (M) 
             
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