2026年01月02日 1902号

【「殺さない権利」を求めて(16)――非暴力・無防備・非武装の平和学/前田 朗(朝鮮大学校講師)】

 殺さない権利を理解するためには現代人権論を理解する必要があります。前回紹介したように、1948年の世界人権宣言第6条の「人として認められる権利」を、日本の法学者や人権論者は完全に無視してきました。1946年日本国憲法に書いていない人権をほとんど認めないのが日本です。

 国際人権法では非差別がもっとも重要な人権原理とされています。

 世界人権宣言第1条第1文は「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利とについて平等である」です。

 世界人権宣言第2条1項は「すべて人は、人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又はこれに類するいかなる事由による差別をも受けることなく、この宣言に掲げるすべての権利と自由とを享有することができる」です。

 さらに世界人権宣言第7条は「すべての人は、法の下において平等であり、また、いかなる差別もなしに法の平等な保護を受ける権利を有する。すべての人は、この宣言に違反するいかなる差別に対しても、また、そのような差別をそそのかすいかなる行為に対しても、平等な保護を受ける権利を有する」とあります。

 非差別と平等が権利であると明記されています。

 1966年の国際社会権規約第2条2項及び第3条、国際自由権規約第2条1項、1965年の人種差別撤廃条約、1979年の女性差別撤廃条約、1989年の子どもの権利条約など多くの人権条約に差別されない権利が掲げられています。

 地域的国際条約でも、欧州人権条約、米州人権条約、アフリカ人権宣言、ASEAN人権宣言にも非差別と法の下の平等が定められています。

 このように言うと、日本国憲法第14条にも法の下の平等条項があったはずだと気づく人もいるでしょう。確かに第14条1項は次のように定めます。

 「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

 日本国憲法も世界人権宣言や国際自由権規約と同じように法の下の平等と非差別を定めているように見えます。ところが、違うのです。

 最高裁判所は、憲法第14条が差別されない権利を定めたものと認めません。憲法学もこれを認めません。

 最高裁判所と憲法学説は、「憲法第14条は別異取り扱いの禁止を定めたものにすぎず、差別されない権利を認めたものではない」と解釈してきました。この解釈には長い歴史があり、確立した見解とされてきました。日本では差別されない権利が認められていないのです。

 最近、状況が変わり始めました。部落地名出版事件について、2023年6月28日の東京高裁判決が初めて差別されない権利を認めたのです。学界でも議論が始まりました。差別されない権利を踏まえて、殺さない権利を考えることができるようになります。

<参考文献>
前田朗「差別されない権利の類型論」部落解放同盟中央本部編『「全国部落調査」出版差止め裁判』(解放出版社、2025年)
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