2026年03月13日 1911号
【本当のフクシマ/原発震災現場から/69/福島15年・チェルノブイリ40年/今なお続く食品汚染の実態】
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2011年の福島第一原発事故から15年。1986年のチェルノブイリ原発事故からも40年になる。最近はまったく話題にならないが、環境汚染は続いている。今も残る食品汚染の実態に迫る。
コメは周辺県が危険か
チェルノブイリ原発事故では、キノコ類、ミルク、ブルーベリーに大きな汚染が見られた。いずれも現地の食生活に欠かせない。特にミルクの汚染は子どもたちの健康被害の主要原因とされた。福島でも、キノコ類の汚染が大きいことはチェルノブイリと同じだ。現地では重要な自然の恵みとされてきたコシアブラとあんぽ柿がこれに次ぐ。
全国の市民放射能測定所がデータを持ち寄り発足した「みんなのデータサイト」には、福島原発事故直後からの貴重なデータが蓄積され、検索できる。今回、コメをはじめ、これまで汚染が出やすいとされた数品目を検索してみたところ、興味深い結果が出た。
まず、主食のコメに関しては、19年産まで福島県産の全袋検査が行われてきた。20年産から避難指示区域のみ全袋検査、それ以外は抽出検査に移行。とはいえ、1950年当時に約400あった旧市町村単位というきめ細かい検査方法だった。
検索してみると、福島県産に関してはほとんどがND(検出限界値未満)。24〜25年度産では、5ベクレル(1`c当たり放射性セシウム137。以下同じ)が検出された大玉村産が目立つ程度だが、縁故米(市場流通せず親類・知人に譲渡されるもの)であることを考えると特殊事例といえる。
比較可能な14〜15年で、福島県産からは5ベクレルを超える検出例はない。一方、福島の隣県、茨城県産では14ベクレルの検出例がある。
私は、北海道に移住してからも、道内産より安く売られている茨城県産コシヒカリは一切買わず食べなかった。(1)道内産より輸送コストがかかる茨城県産の方が安いのにはからくりがある (2)行政の検査も農地除染も行われなかった周辺県産の方が危険―と考えたからだ。データ検索結果は私のこの「読み」を裏付けた。
事故直後、福島の多くの農家が徹底的な農地除染を行った努力の結果だ。同時に、行政が行った全袋検査の効果が証明された。
タケノコの深刻な汚染
事故直後、私の福島の職場で、タケノコ採取が趣味の同僚が「高い汚染が出て採っても食べられない」とふさぎ込んでいたのを今でも覚えている。「雨後の竹の子」といわれるようにタケノコは成長が早いが、それは放射性物質をよく吸うということでもある。
検索して驚いた。浪江町産のハチク(タケノコの一種)から、25年6月段階でも145ベクレルが検出されている。もちろん出荷停止だ。
福島産のキノコ類は、25年段階でも出荷停止「水準」(100ベクレル)を超えるものが多く、特に北塩原村産のチチタケからは790ベクレルという高い汚染のものも出た。25年9月現在、福島県内55市町村で野生キノコ類の出荷が制限され、福島県の面積の半分以上に及ぶ(図)。
ネット通販のシモフリシメジから283ベクレルが検出された例もある。本来であれば出荷停止になるべきものが、ネット通販で堂々と売られていることはあまり知られていない。
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チェルノブイリでは
チェルノブイリ事故の影響は、北東に175`b離れたロシア・ブリャンスク地方にも及んだ。「露天で売られているものはきちんと検査されているかどうか分からない。マーケットで売られているものは検査されているので大丈夫だ」。13年、現地取材した日本人ジャーナリストに地元住民はこう答えている。
チェルノブイリから80`b離れたウクライナ・ナロジチでは、事故から21年後の07年段階でも、キノコ類から6万4400ベクレルの驚異的な汚染が報告されている。市民測定所ではなく、地元保健所長が署名した政府公式の測定結果である。放射能汚染の影響が事故後も長く続くことを示す例だ。
放射性セシウム137の半減期は約30年で、福島ではまだ半減すらしていない。チェルノブイリ現地では事故から20年以上経っても多くの食品の測定が続いていた。それなのに、福島県は24年産米から「現在の市町村」単位へ検査を大幅に緩和してしまった。
「みんなのデータサイト」に集められ蓄積されたデータは、18年に「図説 17都県放射能測定マップ+読み解き集」として販売された。 まともな測定も行わず、今も汚染食品を流し続ける国・自治体・企業の責任は大きいが、一方で安全な食品を選びたいという市民の測定活動は多くの成果も生んだ。各地で活動を続けている市民測定所の重要性は、少なくとも私たちの生きている間は変わることがない。
(水樹平和) |
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